片付けられない乙女座問題
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    雨に降りこめられた先週の金曜の夜に
    Facebookなんぞ見ておりましたら
    占い師の友人のこんなブログが目に入ってきた。
    「片付けられない乙女座」
    整理整頓、きれい好きが一般的なおとめ座にもかたづけられない人種がいる。
    最良の分類方法を求めては整理整頓に手がつかず、
    「捨てなきゃよかった」という後悔への恐怖でモノが捨てられない。

    もう読んでる最中から心がざわざわしてきたよ。
    なぜだ?なぜポーラ先生はこんなに私のことがわかるのだ?
    ほんとにモノが捨てられないのよ、私。
    特にお洋服。
    母ちゃんのお手製のものは捨てづらいってのもある。
    よく、ときめかなかったら捨て時、とかいうけど
    古着なんかも好きなもんだから、
    今ときめかないけど、もう少しとっといたら一周まわってときめくかも?
    とか思って捨てられない。
    文字通りの片付けられない、捨てられない乙女座。

    ブログを読んで、そうか、完璧を求めなければいいのだ。
    後悔したっていいじゃないか、と一念発起。
    土曜日の午前中のうちには、ごみ袋が3つほどできましたが、
    そんなもんで私の片付けベタが解消するはずもなく。
    日曜には、ちょうど風呂釜が新しくなって水廻りもきれいにしたかったしと
    100円ショップを何周もして、清掃や収納グッズを購入。
    またこの100円ショップというのがくせモノだね。
    これが100円!というお買い得商品から
    やっぱり100円↘というがっかり商品まで。
    この日も吸盤型のタオルかけは何度やっても落ちてくるし
    引き出しの間仕切りに使おうと思った箱はサイズがあわない。
    まぁ、サイズがあわないのは100円商品が悪いのではなく
    私の採寸が甘かったからですが。
    結局、今度こそと挑んだ食器や洋服の断捨離も
    たいした成果なく。
    今回悩んだあげくに捨てきれなかった洋服は
    今シーズンもう1回着てみてやっぱり違うなと思ったら捨てる
    ということにしました。
    供養(?)の気持ちもこめてもう1回着たら
    今度こそ捨てる気になるかなぁ。
    自信ないなぁ・・・

    あ、もちろん部屋の写真はイメージです(笑)。
    「おしゃれな部屋」で検索したらこれがでてきた。
    これ、トイレやがな。

    | 立石 義江 | いつもの日々 | 06:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    普通の日記
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      ダッシュ帰りしたら間に合うかと思われた「沈黙」には出遅れ
      グザヴィエ・ドランのレイトショーまでは待ちながい、
      中途半端な時間を持てあまし
      ちょっとツタヤは覗いたけれどそのまま帰宅。
      ブログ=日々の日記だとすれば
      映画や芝居を観ないこんな日の記事こそ
      普通の日記てことかしら。

      ツタヤにはノートを買いに行った。
      先日、友人が人生の計画や具体的な目標をノートに書きだす話をしてたから。
      人生も半分を過ぎて今さら計画もないもんだ、と聞いていたけど
      具体的な目標=映画や本ならありだなと思って。
      本屋や図書館の空間は好きだ。
      好きなだけにドキドキしすぎる。
      あれもこれもと気持ちばかりがはやり、結局何を選んでいいかよくわからなくなる。
      その結果買った本や借りた本が積ん読で放置されてたりするから世話はない。
      レンタルCDやDVDの棚の前でも同じだ。
      あ、そういえばこんなのあった。これも見逃してたと思い始めるとキリがなく
      何を借りていいやらわけがわからなくなる。
      だから、人にお勧めされた本や、タイミング合わずに見逃した映画を
      書き留めておくノート。
      邪魔にならないほどよいサイズで、ちょっと見た目も好みのノート。
      これも結局、書き留めるものが増えるだけで
      何が何やらわからなくなるだけかもしれないけど。

      ものはついでに本屋の中もぶらぶら。
      やっぱ痩せるためには野菜料理のレパートリーを増やさなきゃなー
      と料理の本を手にとるものの、
      冬の間はなんでも「鍋」にするという必殺技があるからま、いっか。
      50代以上むけのファッションの本なんか流し読みして
      「私たちには気に入らない服を着ている時間なんてない」という
      フレーズに衝撃を受け、そうだそうだ、うちへ帰ったら断捨離するぞ
      といきまくも、彼女らのいう「気に入った上質な服」の例にあげられて
      いるブランドが、私には触れたことも見たこともないブランドばかりで
      あぁ、これは別世界の話ね、と途端にしぼむ。
      最後にグルメ雑誌のコーナー。
      地元の飲食店をとりあげる雑誌で「あんみつ姫」の特集。
      代表、とまとママ、みろく、ひこ、となじんだ名前の後に
      続くキャストの名前がまったくわからいくらいごぶさたしてる。
      ママはいつも私の顔を見ると指さして大口あけて笑う。
      あのママの笑い顔が見たくなったなー。

      | 立石 義江 | いつもの日々 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      まっしろから始めよう
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        今年最初のブログです。
        やっぱり「あけましておめでとうございます」から始めるべきかしら。
        今年の抱負とかから始めるべきかしら。

        昨年は4本の芝居に出演しました。
        どの役も愛おしいですが、やっぱり月光亭シアターシリーズを立ち上げられた特別な年でした。
        いろんな場所で落語は12回。
        熊本、八女、壱岐。フレンチレストランに着物屋さんに区役所。今や神出鬼没です、月光亭落語会(笑)。

        で、今年はというと
        落語は恒例の冷泉荘での落語会が2月。
        今年も月光亭であちらこちらにおじゃまできたらと思っております。
        お芝居のほうは・・・・
        これがまっしろなんですわ。
        予定なし。
        5年前のことを思い出します。
        劇団退団してフリーになったお正月、やっぱり予定がまっしろでものすごくあせっていたこと。
        5年間、いろんなところでやって満足したとか
        シアターシリーズたちあげて燃え尽きたというわけではないですが
        5年前ほどにはあせっていない私がおります。
        まぁゆっくりインプットの年にするのもいいのかなと。
        本を読んだり、旅をしたり。
        もちろん、いつでも動けるフットワークの軽さはかわらずに。
        5年前、まっしろなスケジュールからスタートしたあの時のように。
        何がきたってどんと来いな構えでね。




        写真は立石家正月恒例の和服撮影会。
        昨年は母の風邪で一回お休みしたので
        昨年、50の正月記念で振袖を、と思っていたものをリベンジ。
        娘も姪っ子もいないことだし私が着てやらないと、と思いましたが
        袖きって、落語の時にでも使えるようにしようかなーと思案中。

        | 立石 義江 | いつもの日々 | 09:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        失せモノいずる
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          正直ちょっと、興奮している。
          もともとうっかりさんだが最近ことに失せモノが多い。
          年齢のせいだと言えばしょうがないが、ゆうべの失せモノはことさら不思議だった。
          チャリで帰宅して施錠して、十数歩歩いて家の鍵をあけ、
          二階にあがり、いつも鍵をかけるフックの前で・・・ちゃり鍵がない。
          時節柄、手袋をはめ、ちょっと指の感覚がゆるい状態で
          家の鍵とチャリ鍵の両方を握っているつもりで
          開いた手には家の鍵しかなかった。
          さっきチャリをとめてから時間にして2分。
          徒歩にしてせいぜい三十歩かそこらの行動範囲。
          すぐに見つかると思った失せモノは1時間探しても見つからなかった。
          もう神隠しレベル。
          玄関にだしっぱなしの靴を片付け、
          階段あがってすぐ隣の脱衣所にたまりがちな洗濯物を片付け
          バッグのうちポケットや着ていたコートのポケットも
          さぐってもさぐってもどうしてもでてこない。
          こんな風にうまくいかない時は絶対うまくいかないと
          すっぱり諦めて、というかどうにも疲れたのでしょうがなく諦めて就寝。
          今日はどうせ夜は雨、という天気予報でもあって
          そのまま、チャリをあきらめてでかけた。

          失せモノを嘆いたツイッターに占い師である友人が反応してくれたのに気付いたのは今朝のこと。
          信じていなかったわけではないけど、
          今日も今日とて目の前にある稽古やら人との約束やらでうろうろして
          日付かわろうかというくらいに帰宅。
          そうだと思い出して、自宅のドアをあける前に友人が教えてくれた回文をとなえる。
          よし、と思ってドアをあけ、まずは階段に目を凝らすが
          そう簡単にご利益があるわけもなし。
          で、2階にあがって「今日はちょっと冷静に探せるかしら、まずはこのあたりから
          とつかんだモノをひょいっと振ったらかすかに
          「チャリ」って音がした。
          そこは帰宅してすぐ、私が手袋やマフラー、冬のコートをまず置くスペース。
          音はゆうべ私が身につけていくストールから聞こえてきたよう。
          え、昨日も絶対にここ見たはずなのに。
          それとも手袋の中とコートだけチェックしてストールはノーチェックだった?
          かすかな音をたよりに手探りしたらストールのフリンジ部分にチャリ鍵がひっかかっていた。
          ほんとにあったー!
          すごいっすごいっ。

          失せモノに悩む皆さん、メモしてください
          「ながきよの とおのねむりの いまめざめ なみのりぶねの おとのよきかな」
          ポーラ先生、ありがとうございました!

          http://uranaisu.hatenablog.com/



          | 立石 義江 | いつもの日々 | 07:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          懐かしの北階段
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            出勤、まずは従業員エレベーターで新館のロッカールームへ。
            食品売り場のエプロンは恥ずかしいくらい
            鮮やかなピンクのエプロンと三角巾。
            いつもエプロンのリボンが立て結びになってて
            同僚や先輩から結びなおしてもらう。
            開店前の売り場を通り抜け、連絡通路で本館へ。
            下りの従業員エレベーターを待つのももどかしく
            北階段を地下まで駆け降りる。
            地下の食品フロア、きらきらしたケーキが並ぶ洋菓子に比べ
            和菓子の売り場は九州銘菓やおかきが主流でちょっと地味。
            ガラスケース1台で絶大な売り上げを誇る
            福砂屋のカステラ担当のおばちゃんは
            「今日も3ケタ売った。」といつも誇らしげ。
            明太子の試食をちびりと食べる私を
            「これくらい食わんと味がわからん」とどやしつけたバイヤー。
            「パンは生鮮食品だから、本当はその日に焼いたものをその日に食べてほしい」と教えてくれたバイヤー。
            おはようと女子社員のお尻をぽんと叩いて、
            「おばちゃんも平等にさわらなけ、俺もたいへんなんぞ」というマネージャー。
            かく言う私も新入社員のくせして、
            二日酔いで出勤して、食べ物の匂いに耐えられず
            早退したこともある不良社員。
            そんな私を「あら、立石さん、つわもの」とにぎにぎしく
            はやしたてる、にぎやかで愛すべきマネキンさんたち。

            たった3年。もう20年も前の話。
            社会人としての私の原点。
            まだ百貨店が夢や憧れで彩られていた時代。
            泉のマークより、角岩マークに誇りを感じていた時代。

            | 立石 義江 | いつもの日々 | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            半分ですね。
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              7月ももう半ばをすぎてからこういうのもなんですが
              6月終わって一年の半分が終わったわけですね。
              今年の前半
              観劇・落語・ライブの部門が42本、映画は41本。
              上には上を行く人がいることは百も承知ではあるけれど
              これ、単純に倍にしたら結構な数字ですよ。
              もう、我ながらあきれる。

              3.月の落語月間からの
              4.5月は芝居が1本ずつとそこそこ忙しくやってたはずなのに
              なんでこうなっちゃうんだろう。
              6月もこんな内容のブログ書いて、自分への戒めにしようとしたはずなのに。
              厳選しようと情報を集めては、よけいにどれも観たくなるという逆効果。
              これだけの娯楽とその情報があふれてる中で
              ちゃんと「選んで」芝居や落語を観に来てくれるお客様の
              ありがたさが、本当に身に沁みます。

              それと同時に「これを観ないなんてけしからん」みたいなことは
              簡単に言うまい、と心に誓う。
              いや、今までだってそんな強い語調は使ってはなかったとは思うけど。
              それでも、「こんないい芝居なのにお客さんがこれくらいとはもったいない」
              「福岡の演劇人の姿が客席にあまり見えないのはなんだかなー」みたいなことを考えたのはしょっちゅうだったわけで、でも改めて自分が選ぶ側の立場でみると
              時間もお金も無尽蔵ではないなか、やっぱり「選んで」いくしかない。
              いや、もう何かを「観る選択」は簡単。物理的な事情で「諦める」のは残念だけどしょうがない。自ら「観ない選択」することがどれほど苦しいか。
              「素晴らしいから借金してでも」とか「仕事休んででも」観るべし、なんてことも
              やっぱり言えない。だって借金してでも見たい作品は次々と生まれてくるんだよ。
              芝居も映画も、たぶんあらゆるアート作品が、なまものであり
              時代とともに生まれ育ってゆくものである以上、借金してでも見たい作品は
              生まれ続けるし、そう信じているから、本当に借金し始めたら大変なことになる。
              だからと言って、情報収集不足、勉強不足を肯定
              する気もさらさらないし、
              今日も財布の中身とスケジュール帳とをにらめっこしながら
              「選ぶ」楽しみと苦しみに悶絶し続けるわけです。

              | 立石 義江 | いつもの日々 | 13:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              11+9
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                えらいことである。
                5月に見た芝居やライブの数が11本。
                普段は月5-6本ペースで年間6-70本になるわけだから
                このペースを更新していくとえらいことになる。
                その分映画が減ったのかな、と思ったらこちらも9本。
                月6-7本の平均をうわまわっている。
                もちろん、使ったオゼゼの額も群をぬいている。
                「乱鶯」みたいな高額なチケットが平均をひきあげてるってのもあるけど
                さすがにこれだけ見ればエンゲル係数ならぬ、エンゲキ係数半端ない。
                いや、もちろんもっとオゼゼを使ってる人がいるのは百も承知だけど
                こういうのは比率の問題だからねぇ。
                5月は第1週に出演舞台が終わったあと、稽古のない日々が続いて
                しばらくは遊んでてもいいか、と思ったのは確かだけど
                毎月、こんなことをしていたら確実に破産である。
                日頃から、チケット代と酒代は惜しまぬ、と豪語している私ですが
                自分の公演やお稽古がある期間は、スケジュールの問題で
                どれもこれもに行くわけにもいかず、自然とセーブできてたんでしょうね。
                時間があるということは、予算やら優先順位やらちゃんと自分で考えて
                セーブしていかねば、ってことですよねー。
                いや、当たり前のことなんだけど、これまでは切実に意識せずにすんできたようで。
                純粋な観客目線で言えば、
                「○は我慢したけど△は見に行けたし△が面白かったから満足」
                って考え方もできるんだけど、作り手目線で言えば、
                「○の作り手も△の作り手もそれぞれの作品に魂こめてるんだよ、選べないよー」
                と悶々としてしまう。
                と、同時にそういう状態の中からお客さんが「選んで」来てくれてることのありがたさもつのる。
                しかも、6.7月とあと2ヶ月はこういうヒマな状態が続きそうで
                どうやって暮らしていいのか戦々恐々である。
                もう本気で短期バイトでも探したほうがいいのかもしらん。


                こう考えると、映画にはいろいろありがたいシステムがあって
                私は定価の1800円で映画を観ることはほぼない。
                レディースデイやレイトショー、映画館ごとのポイントシステム。
                芝居は生身の人間がそこにいるからこそ、なので
                決して「価格が高い」とは言わないけれど
                これだけ芝居見てるんだからなんかメリットあってもいいじゃんよー、なんて
                ちょっとすねたくもなる。
                いや、そうじゃなくてもお金のない小劇団系の劇団にそんな負担を
                負わせたら自分で自分の首絞めるようなもんなんで
                そうは言いませんけどね。
                でも、所謂商業演劇にはもう少しそういう制度があってもいいかな、なんて。
                現実は、自分が正規の価格をだして買ったチケットでも、
                あとから招待券がでまわってるのを知る、なんてことも多々あるわけで。
                なんかお得意さんほど冷遇されてる理不尽を感じることもある。
                北九州芸術劇場のポイント制度にはすごく救われてるんだけどね。



                オゼゼがないと言いつつも、いや、だからこその水曜日は映画。
                | 立石 義江 | いつもの日々 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                50の遺影プロジェクト
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                  50の遺影プロジェクト

                  昨年私は50才になりました。
                  普段は「年齢なんて毎年かわるもの覚えていられない」ということにしている私ですが、
                  毎日のようにフェイスブックで同級生の誰かが50のお誕生日を迎えていくのを見ながら、
                  この年齢を意識せずにはいられません。
                  せっかくだから何か残るものを、
                  と考えた自分へのプレゼントはプロに写真を撮ってもらうことでした。
                  「遺影プロジェクト」と名づけたものの、正直、50代で自分が死んでいくイメージは全く持てません。
                  それでも50才、60才、70才と節目節目の年齢で写真を残していくのは、
                  ちょっと面白くてしかも実用的かな、なんて。
                  で、プロであり、私にとっては冷泉荘つながりの友人でもある
                  テトラグラフ写真室のドラちゃんと、
                  ドネルモの一員でありメイクアップアーティストのみなみぶちょーの力を借りることを決めて。
                  どんな写真を撮るかは、今回は改まった格好をして写る「遺影」ではなくて
                  私の「身体」を残す写真にしたいと相談をして。

                  誕生日のブログにも書いたけど、50を前にしての焦りはあった。
                  日々、身体の衰えは、美容的にも健康的にも、芝居を続けていく上での機能的にも
                  感じずにはいられない。
                  その一方で、年齢相応以上の酷使に耐えて
                  いつも丈夫でニコニコな自分の身体に対しての愛しさみたいなものもある。
                  自分の身体に感謝、というと変だな、
                  たぶん丈夫に産み育ててくれた親に感謝しなくちゃいけないんだろうけど、
                  とにかく、私の突っ走る気持ちにえっちらおっちらついてきてくれる私の身体を記録しておこうかと。
                  だって20代に戻ったところで、今よりはよかったとは言え、
                  ボンキュッボンのナイスバディだったこともなければ、輝くような肌だったってわけでもない。
                  学生時代の体育の成績にいたっては万年2しかもらったことはない。
                  だったら今の私の身体を「お前のことを大好きだ」となだめすかして、
                  仲良くやっていったほうがいいではないか。
                  「どんだけ自分が好きなんだ?!」と笑わば笑え。
                  しわもたるみもなんのその、私は今の自分の身体が好きだ!と胸を張って言ってやる。
                  そんな写真を撮ってもらいました。



                  さて、そうして迎えた50才のお正月。
                  今年の目標は、これを撮影したときよりは、当社費○%ほど増えた体重を戻してキープすること。
                  待っているだけでなく、自分からの一歩を踏み出すこと。
                  まぁ、無理だったなら無理だったで、
                  この遺影の写真に添えられる友人知人の言葉が、
                  「あの人はいつも言うばかりでやるやる詐欺だったね」となるのも
                  それもまた私らしくてご愛嬌とは思っている
                  | 立石 義江 | いつもの日々 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  手帳のはなし
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                    毎年だいたいこの時期、
                    11月からが次の年の新しい手帳に切り替えの時期。
                    使うタイプはさすがに決まってる。
                    見開きで1週間。
                    左側に1週間分の日付、予定の決まっているものはそこへ。
                    右側はオープン。
                    左に入りきれなかった詳細情報やこの週のどこかでやればいいこと。
                    早めにチェックした芝居やチケット発売日の予定は鉛筆で。
                    あきそうな時間帯の映画は事前に調べて付箋紙で貼って置く。

                    ここまで使い方が決まっていたらたいがい買うメーカーも決まってる。
                    のにかかわらず、どうしてこの季節、手帳売場に行くと
                    くまなく見てまわってしまうんだろう。
                    中身で勝負、といいながらルックスも気になる浮気者の私。
                    だって、1年間毎日つきあう相手だもの。
                    鞄から取り出すたびにときめくくらいのルックスじゃなければ
                    飽きちゃうじゃない。
                    正直、私が中身で気に入ってるメーカーの手帳は
                    割とシンプル系のルックスが多い。
                    シンプルできれいな色が一番飽きなくていいのよねー、
                    と言いながらも今年もルックス的には後ろ髪ひかれる子が
                    何人かいたのは確か。
                    たまにはルックスから始める関係があってもいいかしら
                    と思いながらもなかなか踏み切れない私は
                    結局は浮気ができないタイプなのねー。

                    | 立石 義江 | いつもの日々 | 22:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ブログのこと
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                      なんと10月ももう終わろうとしているのに
                      これが10月最初のブログアップ。
                      確かに9月10月と舞台、落語、東京公演と
                      なんだか怒涛のスケジュールだったけど
                      そんなことは過去にも何度もあったわけで。
                      やっぱり、ちょっと体力落ちちゃったかしら。
                      てか、お酒が弱くなったのかしら。
                      以前は飲みながらだらだら文章書くのは決して嫌いではなかったのに
                      最近飲むと、「読む」のはいいけど「書く」のはちょっと億劫。
                      Twitterは酔っ払いの繰り言にちょうどいいのか
                      むしろ酔うとよくつぶやいたりするのだけれど。
                      「大台に乗った」ことがこんなところで影響するのかしら
                      とちょっと気弱になったりもする。

                      でも、実は気弱になった原因は確かにあって。
                      ブログの下書きやらなんやらが入ったUSBファイルが行方不明。
                      もともとなくしもの、忘れ物の多い私のこと。
                      鞄の中の思わぬところからでてきたりするのかな、
                      探すのをやめた時見つかることもよくある話だし、
                      としばらく忘れたふりしてほっておいたものの
                      やっぱり出てこなくって。
                      「個人情報」なんて大げさなものじゃない。
                      ここ2-3年の映画・演劇の観劇記録とブログの下書き、
                      落語の文字起こし原稿などなど。
                      漏れて困ることもなければ、誰かが得することもない情報だけれど
                      いつ、何の映画・芝居を見て、どれとどれは既にブログに書いたのか、
                      の記録がなくなってしまったのはちぃと辛い。
                      手帳をたどればある程度の記録は拾えるのだけれど
                      ブログにはあげてなくても、
                      観終わった後に一言感想を書き留めておいたりした下書きをなくし、
                      なかなかゼロから書く気をなくしてしまっての
                      この長いお休み期間。


                      と、しばしのサボりの理由を書くだけでも
                      これだけだらだらと文章を書いてしまう私は
                      やっぱりブログは辞めないと思う。
                      Twitterもあるし、Facebookもあるし
                      もういいじゃん、と言われるかもしれないけれど
                      たまに、でいいので覗いておくれ。
                      思い出したように時々いく店のカウンター。
                      常連の酔いちくれ客の繰り言を聞くように。

                      | 立石 義江 | いつもの日々 | 00:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |