梅棒「ピカイチ!」
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    2017年7月8日 くるめシティプラザ

    噂には聞いていた。
    「J-popにのせてダンスでストーリーを展開するエンタテインメント」。
    え、セリフはないの?ダンスだけなの?
    という戸惑いをぶっとばすパワー。
    噂通り、というか噂以上でびっくりした。

    しょっぱなは「ついていけるかな」と不安になった。
    前にミュージカルの感想でも書いたけど
    どうやら私は歌詞をセリフとして聞き取るのが苦手。
    まして私の世代にはなじみ薄いイマドキのJ-popナンバー。
    歌詞がよくわからんところに、ダンスの密度が濃くて
    目から耳から流れ込んでくる情報の処理が追いつかない感じ。
    あてぶり的な動きを含むダンスと表情で
    何が起こってるかはわかるけど、これ疲れるわー。
    というあたりでやっと聞こえてきた体育の先生の「セリフ」。
    ホッとしたわー。
    やっぱり少しはしゃべってくれないと、情報読むのに疲れるわ。
    しかも一色さん演じる体育の先生が歌うのは「ウルトラソウル」。
    やっと知ってる曲がきたーと二重の意味でホッとした。

    これは、なんと言ったらいいんだろう。
    芝居でもミュージカルでもない。
    「梅棒」というひとつのジャンルと言うべきかもしれない。
    セリフのかわりに、とにかく踊りで表現する密度が濃い。
    踊りっぱなしのエネルギーもすごいけど
    そこからちゃんとキャラや人間関係が伝わってくる表現力。
    セリフもないしストーリーは単純なんだろうと思ってたら予想の上行く展開、
    ちゃんと伏線あり、回収ありで
    既成の歌詞にのせてこれがやれちゃう構成力というか演出力もすごい。
    何よりもお客さんを巻き込む力がハンパない。
    私の世代にはなじみ薄いJ-popナンバーばかりなのに
    気が付けば手拍子をしてしまう、応援をしてしまうこの楽しさ。
    リピーターが多いのも納得だなぁ。


    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 13:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    順風男女「7up」
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      2017年10月31日 甘棠館Show劇場

      書きたくないなー。
      ネット上でみつけた感想とほぼ感想が同じで
      「やっぱそうだよねー」と思うと同時に
      なんかのっかったみたいで恥ずかしくて
      この感想をアップしたくなかったんだけど・・・

      東京の劇団、福岡出身の人がいて7周年にして初福岡公演。
      役者がやるコントというのが売り。
      ツアー用にコンパクトに来るのかと思えば12人出演の大所帯だし、
      情報もそーんなに出回ってる感じもしなかったし、
      せっかく東京から来た劇団の公演がガラガラだったら
      なんか申し訳ない、行かなきゃと思ってしまった。
      会場に入ってほぼ満席の客席に驚き。
      福岡出身とは言え、桂川町出身の方が平日にこれだけの人を集められる
      人脈を持ってるならそれはそれでたいしたものだ。

      で、正直なところ。
      前売り-当日2500-3000円の料金と約2時間の上演時間。
      ちょっと割高感と体感時間の長さを感じた。
      いや、ちゃんと笑ったよ。
      面白くなかったとかいうわけじゃない。
      ちゃんと笑ったけど、爆笑、とか、この笑いにはやられたなぁという感じはなくて。
      次々から繰り出されてくるコントにちょっと飽き気味になってしまったのは
      やっぱり私が「お笑い」よりじゃなく「芝居」よりの人間だからか。
      この本数のコントが並ぶなら、登場人物の関連とか
      連続性とかにもう少ししかけがないとちょっと辛いなーとか考えてしまう。
      「役者」がコントやる強みみたいなのもうまく生かせてなかったように思う。
      面白いと思ったのは「レジ前の攻防」と「眠れない夜は誰のせい」
      「レジ前の攻防」はレストランのレジ前でおばちゃん達が「今日は私が払う」という攻防を演じるネタ。
      「眠れない夜は誰のせい」は二世帯住宅を舞台に、自分の夫と舅の濃厚なおやすみのキスの習慣を辞めてほしい嫁と、長年の習慣から卒業したくてもできなくて苦悩する夫のお話。
      あるあるなシチュエーションをリアルにうなづかせたり
      ありえん設定に妙に説得力を持たせたりするのが
      やっぱり役者がやるコントの面白さじゃないかな、と。
      即興的な要素や役者の素が垣間見えることで笑わせる
      「謝罪会見」「クイニーアマン」のネタはちょっと力技な感じ。
      こういうのはキャラやボケ・ツッコミの加減で笑わせるお笑いの人向けのネタかなぁ。
      いや、これもちゃんと笑ったけど。
      こういうネタで笑わせることも難しいし、ちゃんと成立させてるとは思ったけど。

      それにしても、某企画の役者コントよりは面白かったというところまで
      同じ感想だからなー。
      これはほんとにのっかってないよ。当時もちゃんとそうブログに書いたから。


      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 13:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      短距離男道ミサイル「走れタカシ〜僕が福島まで走った理由〜」
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        2017年10月14日 アイアンシアター

        太宰治の「走れメロス」。
        もちろん読んだことはあるけど、それ以上にこれをテーマにした芝居は随分みたと思う。
        メロスそのものだったり、パロディや劇中劇としてとか
        よく知られ、よく使われるテキスト。
        結末ももちろんよく知った通りの結末なのだが
        噂通りの熱い芝居とライブ感に
        爽快感すらあるラストシーンになった。
        暴君・ディオニス王を身勝手な劇団主宰と重ね合わせ
        故郷の家族を思うメロスの気持ちを
        被災地福島を思うタカシの気持ちと重ね合わせる。
        なかでも、メロスを待つセリヌンティウス=人質にだされた劇団員コハマの独白が
        同じ演劇人として胸に痛い。
        家族を恋人を待たせ続けてきた自分自身だから、今は待つのだという告白。
        走ることを諦めかけたメロスの無力感と
        芝居を続けていくことへの諦めや無力感につながりそうになるのも
        もうわかりすぎていたたまれない。
        いや、メロスが立ち向かう試練の数々とか
        もう大笑いして観る芝居なんだけど
        なぜか、小さなトゲが心に残るのは私が同じ演劇人だからか。
        それとも大人になって社会人になっていく過程で
        誰もが感じる焦りや諦めの故なのか。
        いや、勝手に自分と重ね合わせて感傷的になってるだけなのかも。
        なーんにも考えず、男達の汗と焦りと肉体と大真面目なバカ騒ぎに
        身をゆだねるのもそれはそれで正解だろう。
        九州への再上陸は11月の熊本は花習舎、カシューナッツ演劇祭。
        ツアー用のコンパクトなセットとは言え、
        あのマシンがわずか12帖の花習舎の空間を埋めるのかと思うと
        その濃密な空間をもう一度観たいくらいだ。





        | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 07:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        木ノ下歌舞伎「東海道四谷怪談」
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          2017年5月29日 あうるスポット

          通し狂言6時間。
          普段なら2時間越えの芝居、と聞くだけで「なげーよ」と
          身構えてしまうのに、チケットとった時からのこのワクワクはなんだろう。
          娯楽の少ない昔はこうしてみんな歌舞伎を楽しんだのね、とか
          インド映画みたいなもんかしら、とも思ったけれど
          やっぱり純粋に「物語」に対する欲望みたいなのが一番勝ってる気がするわ。
          四谷怪談と言えば、お岩さんの怪談として馴染みのある話だけど、
          実際は群像劇、というか、たくさんの人の思惑と物語の交錯するお話だから。
          ましてや、木下さんの演出は現代風のアレンジもきいていて
          怖い話としてのおどろおどろしさより、人間の欲望を写した生々しい話だと思った。
          怪談として怖いはずのところは
          鼠の登場とか、夢のシーンとか
          コミカルだったり、美しかったり。

          なかでもあの夢のシーンが一番心に残ったな。
          あの美しい夢は誰の夢?誰の願い?
          お岩の心にあるのは恨みではなくてもっと
          別の思いだったのか・・・

          京都公演は事故による急な役者交代で
          脚本を持ちながら、それをカバーするような演出だったいう。
          予備知識をいろいろいれない主義なので
          交代した役者がどの役なのかなどと何も調べず東京公演を見たら
          誰が新キャストなのか全くわからなかった。
          後で聞けば「宅悦」というかなり重要な役どころ。
          京都からわずかな時間で仕上げた役者さんにも関心しつつ
          その演出をちょっと見てみたかった気もするなぁ。

          | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 10:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          モノモース「エンドルフィン」
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            2017年5月28日 こまばアゴラ劇場

            正直きつかった。でも不思議と早く終わって欲しいとは思わなかった。
            彼が、食べて、生きて、語っている姿をもっと見ていたかった。
            どんな過酷な状況であっても生き続けてほしかった。
            生きることが、
            彼が何度も叫ぶ「俺はごみじゃない」という言葉の証になると思ったから。
            もちろん、私がただただ玲央君が見ていたかったというのも大きいけれど。

            ごみの島にモノのように捨てられてしまった少年と
            同じように捨てられた少女。
            少年の吹き込んだカセットテープを
            聞いている会議室の中の大人たち。
            そうでなくても壮絶な彼らの闘いが
            冷ややかにその利用価値を考える大人の存在で
            なおいっそう生々しく哀しくなる。
            一人芝居フェスで出会ったという3人の役者さんはそれぞれに
            すばらしい。
            大塚さんの怖ろしいまでの落ち着きと冷血。
            陽子さんの本当に少女のような無垢な表情。
            なにより玲央君のしぼりだすような生への執着。

            この戯曲がある小説を下敷きに作られたこと、
            それをクレジットしなかったことでの盗作疑惑など
            せっかくの3人の旗揚げ公演に残念な評判が残ってしまったのは
            ほんとにつらいこと。
            でも、払い戻しなどの最大限のカバーをしたこと
            小説ではない「演劇作品」としてひとつの世界をたちあげていたこと
            がきちんと評価されたらいいな、と願ってやまない。



            | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 17:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            イキウメ「天の敵」
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              2017年5月27日 東京芸術劇場シアターイースト

              生きることは食べること。
              でも「生きたい」と「食べたい」が矛盾してしまったらどうなってしまうんだろう。
              日ごろから「食べたいものを食べ、飲みたいものが飲める」人生が一番幸せだと
              思っている私には、とてももやもやとした思い、いや、不快な感情とかではないのだけど
              なんとも結論をだせないもやっとした気持ちで終わった観劇だった。

              究極の食べ物を目指して「飲血」にたどりついた男。
              永遠の若さと命を手に入れてしまった男の告白を
              不治の病にかかった男が聞くという皮肉。
              120年かわらぬ風貌のまま生きてきたという男の語る不老不死の人生。

              人の血を吸う・不老不死・日の光に弱い、というと
              一番に思い浮かべるのは吸血鬼だが
              不思議と芝居を見ている間は思いうかばなかった。
              この「飲血」にたどりついた男が
              「食べる」ことや「日光」を望んでいたからだろうか。
              私は人の血を飲みながら生きることの
              道徳的な心の負い目や、老いないことの不都合などより
              何よりも日の光や「食べ物」の大切さにこだわっているようにみえた。

              一人の男の告白、回想シーン中心の芝居だというのに
              少しも飽きずにその不思議世界に身をゆだねられるのは
              私の大好きな前川ワールド。
              浜田さんは、ちょっと人間ぽくないところがあって(失礼w)
              こういう不思議な設定にも説得力を与えてくれるんだよなぁ。

              | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              14+「双面の王」
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                2017年6月28日 ぽんプラザホール

                ちょっと期待と違った。
                あのチラシの感じやギリシャ悲劇が下敷きになるってことで
                重くてドロドロした重厚な作品を期待してた。
                TVスタジオのようなあの白い部屋。
                近親相姦も人の死もどこか軽い。
                確かにシェイクスピアもギリシャ悲劇も
                ぞろぞろ人が死ぬけど、どっちかというと韓流ドラマのようだった。
                演劇的というよりTV的?
                その違いを自分でもうまく説明できないけど。
                ひとつにはちょっとセリフや後出しでの説明が多いとこかな。
                どんでん返しが後出しじゃんけんぽくて、ちょっと乗り損ねた。

                でも、達者な役者さん達がそろってて
                わかりやすくどんでん返し、それも二転三転としていくことで
                面白かったという評判を否定するつもりもなくて。
                韓国や中国の役者さん達と一緒にやることも含めて
                この劇団ならではの独自のスタイルができつつあるのかなーと。
                北九州で開催された「劇トツ」の時もかなりとがったチャレンジャーな内容で
                その前の「サンゲツキ」はミュージカル。
                振れ幅をどんと広げた劇団なのに、「あぁ14+だなぁ」と
                なんか納得してしまう、スタイル決めない独自のスタイル。
                この納得感は演出家さとさんの味つけなのか、役者の安定感なのか。
                福岡の劇団の中でもどことも似ない路線を走ってる。
                そういう意味では改名前の劇団名のほうが言い得て妙だったかも。
                爆走蝸牛。

                | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 22:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                「グレイト・ギャツビー」
                0
                  2017年7月22日 博多座

                  数年前のデカプリオの映画「ギャツビー」が偉く気に入ってしまった
                  お母ちゃんのたっての希望で観劇。
                  何しろ80年生きてきて、初めて買ったDVDだもの。
                  デカプリオファン、というわけじゃなく
                  あの時代の空気や華やかな衣装がたまらんそうだ。
                  今回のミュージカル観劇でも
                  一番のお気に入りはちょっと退廃の匂いのする
                  パーティーでのタンゴのシーンらしい。
                  私はといえば、実は映画も含めてあまり共感できるストーリーじゃないのよね。
                  純愛というには、屈折したギャツビーの思いと
                  結局どこにも踏み出せないデイジーにイライラ。
                  しかもこのミュージカル版では
                  娘を「女の子だから、きれいなおばかさんに育てるの」と言い切ってしまう。
                  まるで自分はもう、きれいなおばかさんには戻れないみたいな言い方してるけど
                  結局、きれいなおばかさんじゃないか。

                  ミュージカルは苦手、と言いながら
                  ダンスのシーンはとても好き。
                  歌は・・・これは「ピカイチ」観た時も思ったんだけど
                  どうやら歌詞を聞き取りながら聴くのが苦手みたい。
                  冒頭とラストに繰り返されるプールのシーンは
                  とても舞台らしい表現で、哀しいけれど美しかった。

                  | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  あひるなんちゃら「猫は地球を見て美しいと思わないよ」
                  0
                    2017年5月28日 LIVE SPACE anima

                    金曜に福岡であなピグモ捕獲団の芝居を観て、日曜に四谷でこちら。
                    福岡由来で共に東京での活動歴のある仲のいい2劇団、
                    まぁさすがにこのハシゴの仕方はレアパターンということで
                    関村さんからお菓子いただきました(笑)。

                    あー、ほぐされたー。
                    この2泊3日の東京観劇は、スケジュール的に内容的にも
                    けっこうじりじりとハードなものがあったので
                    日曜の昼下がり、ほわーと観るには最適なお芝居。
                    宇宙飛行士を目指してまずは大学受験に挑戦するおじさんと
                    その友人で家庭教師のおじさん。
                    おじさん二人の噛み合うようで噛み合わないゆるい会話に
                    むふむふする。
                    楽観力?鈍感力?
                    世の中にこれほど強いものがあろうかと思われる
                    心折れない渡辺さんはどうにも憎めない。
                    翻弄される根津さんはどうにもかわいい。
                    ほぐされて癒されて、明るいうちから新宿で
                    酔いちくれるのもいい具合。

                    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ゼロソー「ピッチドロップ」
                    0
                      2017年7月17日 アイアンシアター

                      熊本の劇団ゼロソーさんが
                      震災の当事者だからこその新作で3都市ツアーとな。
                      本当はホーム:熊本で観たい気持ちはあったんだけど
                      日程あわず、一番近いツアー最終地北九州での観劇。
                      地震を経験したからこそのリアルな痛みと
                      現地熊本にいてさえ、被害の大小で感じる罪悪感や疎外感。
                      それでいて、たくさんの愛と笑いの詰まった作品。

                      「頭だけで生き残った女」
                      まるで落語のようなシュールでとんでもない設定に
                      なぜか納得させられてしまうのは
                      たぶん地震によって「まさか自分の身にこんなことが起こるとは」ってことが
                      本当に起こってしまったからなのかしら?
                      松岡さん演じるホトリが底抜けに明るく、それがむしろリアルだったからかしら?
                      昨年の7月にゼロソーさんのアトリエ花習舎さんに月光亭で落語に伺った時の
                      彼女が、避難所をまわるボランティアに、劇場や公演活動の継続にと
                      笑顔で駆け回っていた姿を思い出す。
                      もちろんもともとの彼女の性格もあるんだろうけど
                      あの地震を経験したことによって
                      「笑える時、楽しい時をより一層楽しもう」みたいな気持ちがあったのかなぁなんて。
                      実際、ラストはホトリや事態を受け止めきれなかったホトリの妹が
                      気まずい時間をへて笑顔を取り戻したところで終わる。
                      あのちょっと不謹慎(?)な笑いや最後の笑顔を
                      熊本の人たちはどう受け止めたのか、やっぱり熊本で観たかったななぁ。

                      避難所ですごす夜の話や
                      救急車が来て自分の身体の死を確認する話。
                      そして、旦那と自分の葬儀の相談をしたという話。
                      ホトリの頭が見ているものは
                      地震で突然の死を迎えてしまった被災者の方や
                      その家族の方が見ているものなのかなぁ。
                      受け入れられない突然の出来事を
                      「見て」はいるけど、何にもできない・・・

                      これは作品の一番肝の部分じゃないかも知れないけれど。
                      頭と身体のことをとりとめなくぐるぐると考えた。
                      実際ホトリのセリフの中にも
                      残ったのが頭でよかった、とか
                      身体がないから記憶が失われるってことはないだろうけど頭だけじゃなくて
                      身体が記憶していたこともあるかもと一生懸命いろんなことを思い出している、とか。
                      頭があるってことは感情や言葉があるってことで。
                      人にとっての頭と身体。
                      役者にとっての頭と身体。
                      だってセリフに限らず日常生活だって感情が動けば身体も動くでしょ。
                      身体がすくんだり、思わず手ぶりつけてしゃべったり。
                      ファントム手足。
                      これだけ感情がたかぶっているホトリの妄想の身体は今動いているのかな。
                      松岡さんはどんな感じで演じているんだろうか。
                      見えているのは首だけとは言え、肩を動かしたら動きが響くだろうし
                      でも、思わず小さく身体動かしたりしてるんだろうかとかね。

                      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 16:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |