演劇関係 いすと校舎「ちっちゅうのララバイ」
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    2018年11月17日 自宅劇場

    北九州で生まれ育った私でも初めて行った町、行橋、新田原。
    行ってみたら思った以上に遠かった。
    遠かったけど、今までいかなかったことを後悔するくらいに行ってよかった。
    駅をおりても何があるというわけでもなく、
    狭いけど交通量は多い道、両側には畑や住宅が点在。
    どこにでもある田舎の風景。
    こんな町に、こんな劇場があるって
    なんて素敵でなんて愛おしいことだろう。
    古民家なんてこじゃれたもんじゃない。
    街の新興住宅地で育った私にとっては
    古めかしい床の間やら欄間やら立派なつくりの家やなぁと思ったけど。
    多分、田舎基準では普通の家。
    まさに自宅。
    作・演出の守田さんのおじいさんの家だったという
    三世代、セリフもないリアルお子様まで含めると
    四世代にわたる家族の物語。
    華麗なる一族でもなければ、一大歴史大河ドラマでもない、
    普通の家族の普通の日常。
    息子の帰省や、母の命日といった家族の行事ごとや
    隣の嫁がおすそ分けを持ってきたり、
    初めてのマクドナルドの思い出だったり、何気ない日常の会話が、この家、この居間できけば
    どうしようもなく愛おしい。
    最後は娘の結婚で親戚一同が鍋を囲んで集まる景色から、
    新たにこの家を手にいれ、新しい家族が新しい歴史を刻む
    気配でおわる。
    ただこの娘の結婚は反則だなぁ。。。
    娘への手紙を読むお父さん。
    役者さんではないよなぁとは思ってたけど。
    娘役の女優高野由紀子の実の父親が
    パチンコ屋のチラシの裏に書いた娘の結婚式での挨拶文を読む。
    これは、本当の結婚式にとっておいてあげないと
    酷ってもんでしょう、と思いながらも
    とつとつと原稿を読むお父さんに涙。
    これ、反則だぁー。

    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 19:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    「ゲゲゲの先生へ」
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      2018年11月17日 北九州芸術劇場大ホール

      こどもの頃は夜が怖かった。
      外が暗くて、そこにはオバケがたくさんいると思ってた。
      だからこどもは夜は寝ないといけないと思ってたし、
      眠れない夜はオバケが怖くて固く目を閉じてた。
      夜の闇が薄くなった今のこどもはどうなんだろう。
      「人」ではない何かがいる世界を信じたり、怖がったりできるのかなぁ。

      何て言ったらいいんだろう。
      水木しげるの妖怪の世界と前川知大のSFチックな世界が
      こんな風にひとつになるとは。
      近未来SFであり、日本昔話。
      そら怖ろしくて懐かしい。
      共通するのは、「人」ならぬものへの畏怖と愛。
      「闇」がなくなった世界はそんな畏怖をなくしてしまうのかもしれないなぁ。

      今年はイキウメが九州で公演してくれなくてさみしかったので
      イキウメ充できたのが嬉しかった。
      そして、私が前川脚本にはまったきっかけは
      蔵之介さんのTEAM申で前川さん脚本の
      「抜け穴の会議室」だったりするので
      前川ワールドで生きる蔵之介さんをみれてこれも満足。
      池谷さんの「コケカキーキー」はちょっと反則。
      ずるいわ、あんなん。憎めないに決まってる。


      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 00:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      「華氏451度」
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        2018年11月4日 兵庫県立芸術劇場中ホール


        言わずと知れたレイ・ブラッドベリのSFの名作。
        というわりには、このチケット買ったあと慌てて読んだ。
        正直、ちょっと哲学的で難しい小説だと思った。
        SFってそんなものなのかも知れないけれど。

        「本」が禁じられた世界。
        人々は液晶パネルから垂れ流される情報に依存し、
        ハイウェイでのスピードレースにしか生きている実感をみいだせない。
        戦争が近いことを示す戦闘機のジェット音にも麻痺している。
        ファイアーマンのガイは、摘発された本を焼く仕事に何の疑問をもたぬどころか
        炎への快感すら感じていたのに、ある少女と出会ったことで歯車が狂ってゆく。
        65年も前に書かれた小説が、色あせないどころか
        まさに現代の縮図。
        人は本よりもネットやTVに依存し、
        目の前の「喜」や「楽」の感情だけをとりこみ
        「怒」や「哀」からはは目をそむける。
        与えられた快楽や規則には疑問を持たず
        戦争の影にさえ麻痺していく。

        原作の小説が素晴らしいのは言うまでもないけれど、
        演劇の力。
        画として見えることで迫ってくるもの。
        冒頭の「本が燃える」シーンだけで
        もうぐっと胸がつまってしまった。
        だって、本が大好きで、毎日でも図書館に行くような子どもだったんだもの。

        7人で主役の吉沢さん以外は一人何役もこなす役者さん達。
        衣装や小道具を替えながら演じるけれど、
        時にそのまま前のシーンの役のセリフを言ったりするのが
        ガイの頭の中のフラッシュバックのよう。
        ガイの頭の中がかきまわされ、観客の緊張感も高まる。
        前から4番目といういい席で吉沢さんの想像以上にいい身体を堪能できたのも眼福。
        堀部圭輔・吹越満というバリ渋の脇役、ガイを巡る重要な女性二人から鹿や機械犬まで演じて大活躍な美波ちゃんのきゃしゃでしなやかな身体と、もう視覚情報もいっぱいいっぱい。

        ちょうど前日に観た「6週間のダンスレッスン」が美しい夕焼けで終わったのと対照的に、
        この芝居は美しい朝焼けで終わる。
        戦争で打撃を受けたであろう町にのぼる朝日。
        繰り返す人間のおろかな歴史に
        積み上げられた知を持って立ち上がる人達。
        今の私たちにできることはまだあるのだろうか。


        | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        「6週間のダンスレッスン」
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          2018年11月3日 サンケイホールブリゼ

          どうしたらこんなかわいいおばあちゃんになれるんだろ?
          私はあと30年、芝居を続けていられるだろか?
          その時の私は彼女のように美しく優雅に動けるのだろうか?
          舞台の中のリリーという女性の生き方と
          目の前の草笛光子という女優の姿と
          これから老いていく自分の行く末。
          いろんなことを重ね合わせて、なんとも言えない気持ちになった。

          友達とのおしゃべりに旅行、
          ショッピングモールでの買い物、そしてダンス。
          リリーはせいいっぱい人生を楽しもうとしているけれど、
          それが残り少ないことも知っている。
          「年齢をとると女はだんだん消えていく。みんな私がみえなくなるの。」
          私もこんなセリフがしみる年齢になってしまった。
          私はリリーのように夫の名前を抱えていれば透明人間にならなくてすむ経験はないけれど、
          誰々さんの妻、誰々ちゃんのお母さん、としか名前がなくなってしまったら
          やっぱりそれは一種の透明人間ではないのかしら。
          だから「僕にはみえる、あなたはそこにいる」というマイケルのセリフ。
          あぁ、しみる。
          年齢や立場を超えて、友達としてダンスのパートナーとして結びつく二人。
          いくつになってもそんな友達がいたら幸せだな。
          もちろん、松岡君のように自分よりぐっと若くてハンサムだったらなおのこと(笑)。

          「老い」も「死」も誰にでも近づくものだけど、
          若い頃はそれを実感できない。
          昨年の病気のこともあって、それを実感できる年齢になって
          このお芝居を観られてよかった。
          というか、そうでなければこのお芝居を観たいというアンテナには
          触れなかったよね。
          実際、草笛さんは2006年からライフワークとして続けて、今回上演200回を超えた作品。
          ねずみさんと共演したりしてるのは知っていたけど、観にいかなかったなぁ。
          でもそれを悔んだりはしない。
          観るべき時に観たのだなぁと思うだけだ。

          芝居は二人が美しい夕陽を見ている場面で終わる。
          人生の最後に、ひときわ美しく輝くことができるのか。
          私も、芝居も落語もダンスもあと30年は頑張って、
          早く綺麗なグレイヘアマダムになって、
          最後まで、楽しみながら逝きたいなぁと呟きながらも
          観劇後は大阪の下町、十三の角打ちでくだまいた。
          私のマダムへの道のりはまだまだ遠い・・・

          | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 13:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          NODA MAP「贋作・桜の森の満開の下」
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            2018年10月25日 北九州芸術劇場大ホール

            満開に花ひらいた桜の大木にしんしんと降る桜の花びら。
            大地の殻を破るように、敷き詰められた花びらから湧くように現れる赤鬼たち。
            冒頭からなんて贅沢な舞台だと思った。
            しょっぱなから既にクライマックスのような美しさ。
            頭の中にイメージした美しい画を惜しげもなく舞台に表現する贅沢さ。

            もちろん役者陣も惜しげもなく贅沢。
            深津ちゃんの圧倒的存在感は文句なしだけど
            その対照のための麦ちゃん・早寝姫の存在とか贅沢すぎる。

            美しい男、天海祐希演ずるオオアマは
            冷徹に国を滅ぼし国をつくる。
            美しい女、夜長姫は妖しく人を煽り、
            愛と憎しみを膨らませ、人を滅ぼす。
            美しい男は鬼なのか?美しい女は鬼なのか?
            人の世界の外から平和に人を羨む鬼たちの姿と比べて
            人の中に住む鬼の怖ろしさ。
            怖ろしいまでの美しさ。
            愛するものは殺すか呪うか戦うか。
            夜長姫のとろけるほど妖しく
            それでいて鋭利な刃物のような言葉。
            花吹雪舞う桜の木の下に
            人は鬼を埋めてきたんだね。
            自分がかつて愛した鬼を、自分の中に住む鬼を。
            だから満開の桜の下ではいつも心がざわつくんだね。


            | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            「DAIKU GASSHOW」
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              2018年9月16日 サイエンスホール

              なにげにサイエンスホールって初めて。
              というか、あの九大跡地の新しい建物に足を踏み入れるのが初めて。
              東京の郊外私鉄駅にでもありそうな
              ちょっときらきらめの商業施設&新しいホールやプラネタリウム。
              なんとなく敷居が高くて来たことなかった。
              ぼちぼちお芝居でも使われ始めたサイエンスホールには
              興味があったのでちょうどいい機会。

              安定した役者さんたちの演技に安心して泣き笑い。
              なかなかに贅沢なキャストだなぁ。
              豪華、とか言うんじゃなくて、ツボを心得た使い方。
              バンさんの華やかさ、陽子さんのキリリとした和服姿、長島さんの飄々とした味、
              福澤さんのいい人感、山口さんの頼りなさ、ささもっちゃんの飛び道具っぷり。(もちろん全部ほめてるよ)
              あぁ、この人をこう使いたかったのね、というはまり方が気持ちいい。
              何より主役を演じたSO君。
              この役者さんありきで「インターセクシャル」のお話にしたのかしら。
              ちょっと遊機械の高泉さんを思い出したわ。
              ランドセルからってのぼる君やってた頃の。
              男とか女とか大人とか子供とか全部あいまいになる感じ。
              噂通りセットもすごい。
              これも豪華と言うより演出のアイデアとスタッフ(役者?)さんの技量がぴたっと来た感じ。
              確かに福岡演劇史上に残るセットかも。

              ただねぇ、
              正直長い。盛り込みすぎ。説明しすぎ。
              LGBT的な恋愛模様も、
              インターセクシャルの慎之介君を家族が大切に守ってきた話も
              二重三重に語らなくても十分伝わる。
              いやまぁ、これも最終的には好みの問題かもしれんけど。
              姉が弟を守ってきた話にたっぷり泣き、
              父と母が悩みながら育ててきた話にまたどっぷりと泣きたい人もいるかもだけど。
              でもやっぱり大工の棟梁の下りは野暮だなぁ。
              告白からのごめんなさい。
              ってねるとんかよ!!って喩えが古くてすみません。
              とにかく全部言葉にしなくても、全部たっぷりやらなくても
              いいじゃない、という場面がいくつかあったような。
              舞台セットのすごさに目を引かれてたけど、
              照明や音響のイン・アウトの具合とか、何でここで役者さんにあかりあたってないんだろ
              とか、ちょっと気になる部分もあった。
              ホールの時間の制限とかいろいろ難しい部分もあったんだろうと推測。
              観客としては見やすいいいホールだったので
              今後また演劇で使う人が増えていって
              使い勝手もよくなっていくといいなぁ。


              | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              「うろきんさ」
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                2018年9月15日 三宜楼

                「三宜楼」。
                門司港にはかつての港の栄華の象徴のような料亭があるというのは話に聴いていた。
                今は市民運動で建物を維持しながら、下関の料亭が営業しているらしいけど、
                そんなとこ自分でお金をだしていけるところではないし。
                というわけで、この三宜楼の百畳間を使ったイベントがあるというのに飛びついた。
                コンテンポラリーダンスの人と音楽と芝居のみつどもえ?
                チラシのデザインもアバンギャルド?
                ちょっと??とは思いつつも、この由緒ある場所、なんかアカデミックな感じにいくのかなと思っていた。ところがどっこい、蓋をあけたら、バッキンバッキンにとんがって、シュールな展開。
                いやぁ、この場所でこの作品をつくった方々はもちろん素敵だけど、北九州芸術劇場さん、やるなぁ。最高ですよ。

                門司港が華やかなりし頃、パナマから降り立った男と孤独な門司港の芸者が恋に落ちる。
                きっと迎えに来るという男の言葉を信じて待つ女。流れる月日。
                優美な百畳大広間で繰り広げられるパフォーマンスは美しくも激しく、何よりもシュール。
                待ち続ける女の夢か幻か。
                いつの時代もどこの街でも幾百幾千と繰り返される男と女の景色なのか。
                二人で歌う「記憶の愛おしさ」。
                ちょうどこの日は昼は下関での非売れさん観劇からのハシゴ。
                下関も門司港も、かつての歴史や映画の記憶を抱えた街。
                その記憶がその街が愛おしくてしょうがない。
                もちろん私に流れる北九州のDNAがその愛しさをいや増す。
                まるであの曲にたどり着くための一日だったな

                康本さんの小柄な身体から発せられるエネルギーの大きさよ。
                戌井さんは、最初絶対料亭の番頭さんというか、三宜楼の関係者かと思わせといての
                変貌ぶり、こう来たかぁと思ったよね。
                オオルタイチさんの言葉にならぬ唄の妖しさ、てか、あの妖しいルックス自体にやられる。
                あの手の爬虫類顔に弱いんだ、私。


                | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 10:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                非売れ線系ビーナス「関門オペラ」
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                  2018年9月15日 下関生涯学習センター 風のホール

                  非売れさんの久々の本公演が下関でもあると聞いてから、とても楽しみにしていた。
                  唐戸市場の海の幸、門司港レトロ、港町の独特の風情。
                  小旅行のような素敵な観劇になるに違いない。
                  っと、下関に遊びに行くことばかり楽しみにしてたわけじゃないよ。
                  「平家物語」という下関でクライマックスを迎える物語を
                  ちゃんとゆかりの地で観られることが素敵だなと思ったのだ。
                  非売れさんは「そう遠くない」を沖縄で上演した時もだけど
                  やっぱりそういう土地と物語とのつながりを大事にしてるところも
                  いいなぁと思っているのでよけいにね。



                  で、とても楽しい作品になってた。
                  哀しく壮大な歴史物語をエンタメに。
                  非売れさんの得意分野だよねぇ、なPOPな仕上がり。
                  義経が兄さんと戦が好きな考えの浅い若者だったり、
                  木曽義仲はオラオラ系従えた暴走族のようだったり、
                  そんな暑苦しい源氏勢の中で頼朝はさすがのクールガイ(死語?)だったり、
                  平家の三兄弟のゆるーい日常会話だったり、
                  そこにいるのは私たちが歴史の教科書で想像していた
                  「歴史上のえらい人」ではなくて、
                  なまなましいくらいに人、普通のひと。
                  「誰も死ぬな、生きろ!」「生きたい!」という強いメッセージ。
                  そうか関門オペラは三文オペラ。
                  歴史の物語ではなくて、ただひたすらに自分の時代を生きた人間たちの物語。
                  ちょっと強引なハッピーエンドも、生きたい、幸せになりたい
                  今も昔も変わらない、どうしようもない人の愛と業。
                  オールOKではないかなと、いい気分で劇場を出られた。

                  せっかくだから小旅行気分で、午前は唐戸市場・赤間神宮と下関の街を歩き
                  帰りは門司港軽油。
                  ほんとは壇ノ浦合戦後の碑にも行っておきたかったんだけど
                  赤間神宮で雨に降りこめられて諦めて会場に向かった。
                  帰り道、船で関門海峡を渡ろうとすると、振り返った下関は西陽さす晴れ模様。
                  ちょうど私たちが赤間神宮にいる間だけ本降りだったよね。
                  これは平家の恨みの雨?私知らないうちに源氏の血、ひいてたかしら?
                  と考えてふいに思い出した。
                  うちのお父ちゃん平戸出身や。松浦水軍や。
                  最後の最後に源氏の味方したから平家にうらまれてるんや。
                  そう言えば今年の春家族で下関行った時も荒天やったもんなぁ。

                  | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  PUYEY「一般ヒーロー」
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                    2018年9月8日 カフェカウサ

                    なんか久しぶりに気持ちよーく心から笑ったなぁ。
                    いや、別に辛いことがあって最近笑ってなかった、とかじゃないんだけど。
                    童心に帰った笑いというのかしら。
                    芝居終わった後の余韻もすがすがしい。

                    主役は「さかな急便」のドライバー。
                    おなじみのブルーのボーダーのユニフォームで
                    雨の日にも階段にもひるまず働く善良な青年。
                    重い荷物は家の中まで運び入れたり、
                    足元のゴミを拾ったり、小さな心遣いも忘れない。
                    「こどもごころ」って明るく前向きなものとばかりは限らない。
                    忘れられない後悔やヒーローになりたい願望と裏返しの自己否定。
                    彼の小さな葛藤が生んだ小さな怪物は
                    もしかしたら彼の「こどもごころ」そのもの。
                    ピュアな分だけどちらにも染められる
                    小さくいとおしい心そのものなのかも知れない。

                    子ども達といっしょに観たいなぁと思った。
                    子ども向けのお話、とかいう意味ではなくて。
                    絵本のように大人も子どもも楽しめるなぁと思ったのと
                    この作品を子どもの笑い声と共に観劇できたら素敵だなぁと思ったから。

                    PUYEYは二人ユニット。
                    ミニマムな小道具、衣装や登場の仕方でキャラクターを使い分ける工夫。
                    いや、実際あの衣装の使い方は笑ったわ。
                    二人で二人以上の働きをする作り方で
                    全国各地にえい!っと飛んでいこうという心意気も素敵。
                    応援する気持ちでサコッシュを買って、
                    顔ハメパネルでまっすぃーと一緒に写真も撮った。
                    ヒョロっとして、中学生ながら飄々としたところのあった
                    まっすぃーはごつい青年になり、
                    その身体をフルに動かして、
                    ほんとになんちゃら急便のお兄さんばりに汗をかいて。
                    ケチャは楽しそうに、ほんとに楽しそうに
                    早変わりをこなし(笑)。
                    個人的な思いも含めて幸せな時間だったなぁ。
                    ほんとに気持ちよーく笑ったなぁ。

                    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    あひるなんちゃら「スカイスクレイパー」
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                      2018年7月7日 冷泉荘


                      ちょうどいいサイズの二人芝居。
                      役者二人で地方にも持っていきやすい、とか
                      冷泉荘くらいの広さにちょうどいい、とか
                      上演時間もほどよい、とか
                      たくさん笑ってちょっとぐっときて、とか、
                      とにかくいろんな意味でちょうどいい(笑)。

                      スカイスクレイパーは男女二人のまだまだ売れない漫才コンビ。
                      ボケ担当、というよりも天然ボケキャラの
                      鈴木さんがある日ネタの途中に突然、
                      「宇宙エレベーターに乗って宇宙へ行きたい」と言いだして・・・
                      相方の堀くんは大慌て。
                      もちろんネタはめちゃくちゃ。コンビは出番を失い解散の危機。
                      必死になる堀くんとマイペースな鈴木さん。
                      もうその二人の素の会話が漫才そのもの。
                      てか、意図せずしてボケてしまう鈴木さんすごい。
                      そして、素の会話であろうと、自分自身がいじられようと
                      つっこまずにはいられない堀君もすごい。
                      多分お笑いでも芝居でも同じなんだろうな。
                      笑いにまぎらかしたり、時にディスったりしながらも
                      どこかで相手や作品に対する愛やリスペクトがなければ成り立たない。
                      いや、愛やリスペクトなんてそのまま言葉にしたって決して面白いもんじゃないから、
                      お笑いや芝居を通してやらないと照れくさくてしょうがないから。
                      そのツンデレ具合もちょうどいい。

                      前半はなつかしい福岡で活動していた時代の「あひる実験室」の前説の再現。
                      というか長い長い前説だな。
                      仁さんはこのために北海道から手弁当でかけつけてくれたそう。
                      まさにツンデレな人たちが繰り広げる
                      ゆるく心地いい時間でした。



                      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |