50の遺影プロジェクト
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    50の遺影プロジェクト

    昨年私は50才になりました。
    普段は「年齢なんて毎年かわるもの覚えていられない」ということにしている私ですが、
    毎日のようにフェイスブックで同級生の誰かが50のお誕生日を迎えていくのを見ながら、
    この年齢を意識せずにはいられません。
    せっかくだから何か残るものを、
    と考えた自分へのプレゼントはプロに写真を撮ってもらうことでした。
    「遺影プロジェクト」と名づけたものの、正直、50代で自分が死んでいくイメージは全く持てません。
    それでも50才、60才、70才と節目節目の年齢で写真を残していくのは、
    ちょっと面白くてしかも実用的かな、なんて。
    で、プロであり、私にとっては冷泉荘つながりの友人でもある
    テトラグラフ写真室のドラちゃんと、
    ドネルモの一員でありメイクアップアーティストのみなみぶちょーの力を借りることを決めて。
    どんな写真を撮るかは、今回は改まった格好をして写る「遺影」ではなくて
    私の「身体」を残す写真にしたいと相談をして。

    誕生日のブログにも書いたけど、50を前にしての焦りはあった。
    日々、身体の衰えは、美容的にも健康的にも、芝居を続けていく上での機能的にも
    感じずにはいられない。
    その一方で、年齢相応以上の酷使に耐えて
    いつも丈夫でニコニコな自分の身体に対しての愛しさみたいなものもある。
    自分の身体に感謝、というと変だな、
    たぶん丈夫に産み育ててくれた親に感謝しなくちゃいけないんだろうけど、
    とにかく、私の突っ走る気持ちにえっちらおっちらついてきてくれる私の身体を記録しておこうかと。
    だって20代に戻ったところで、今よりはよかったとは言え、
    ボンキュッボンのナイスバディだったこともなければ、輝くような肌だったってわけでもない。
    学生時代の体育の成績にいたっては万年2しかもらったことはない。
    だったら今の私の身体を「お前のことを大好きだ」となだめすかして、
    仲良くやっていったほうがいいではないか。
    「どんだけ自分が好きなんだ?!」と笑わば笑え。
    しわもたるみもなんのその、私は今の自分の身体が好きだ!と胸を張って言ってやる。
    そんな写真を撮ってもらいました。



    さて、そうして迎えた50才のお正月。
    今年の目標は、これを撮影したときよりは、当社費○%ほど増えた体重を戻してキープすること。
    待っているだけでなく、自分からの一歩を踏み出すこと。
    まぁ、無理だったなら無理だったで、
    この遺影の写真に添えられる友人知人の言葉が、
    「あの人はいつも言うばかりでやるやる詐欺だったね」となるのも
    それもまた私らしくてご愛嬌とは思っている
    | 立石 義江 | いつもの日々 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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