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    ZIG.ZAG.BITE「チクリトアオイ」
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      7月20日 博多扇貝

      若いねぇ、熱いねぇ、痛いねぇ。
      こんなストレートな芝居も若さならではと思えばそれはそれで
      ありなんじゃないの。とは思うけど若干おばちゃんには熱すぎたよ。

      「これがロックだ」とか「こんなのロックじゃない」ってのが
      よくわからなかったんだよね。
      いや、音楽そのものではなくて生き方というか
      どういう行動にでるかの部分で。
      結局センパイを救えなかったって当たり前でしょ。
      いくらロックは世の中を変えられるっていっても
      ロックが病気をなおせないのは当然なわけで
      だったら、ロックにできることは
      病気に負けそうな心を救ったり、
      大好きな人の死に揺れる友人たちの気持ちをつないだりすることなんじゃないのかな。
      あれじゃ、「センパイ、どうせ死ぬんだから最期にもう一回演奏しましょう」って言ってるみたいで、カグヤのほうからそれを言いだすならともかく
      そのミネタの言動がロックだと言われても
      今ひとつ響かないんだよね。
      いや、多分そういうことをやろうとしてたんだとは思うけど
      なんか順番がチクハグな気がした。


      「月に手をのばす」とか
      「もう大人なんだから何と闘っていいのかわからない」とか
      ぐっとくる言葉はあったんだけどね。
      そのもどかしさとか痛さとかを描いてくれたらなと思った。
      結局、やってることが、
      ブラバン蹴散らして学園祭で演奏した高校時代とかわってないじゃんって。
      ただ先生に反抗してれば「ロック」だった10年前とかわってないじゃん。
      若さとかその熱とかストレートにだすことは
      確かに今しかできないかもしれない。
      でもその若さや熱さが痛さや青さを伴うものだと意識した作品がつくれれば
      ぐっと伸びる劇団じゃないかと思ってるんだけどな。


      | 立石 義江 | 観る日々 | 12:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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