KUDAN PROJECT「真夜中の弥次さん喜多さん」
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    2018年12月8日 アイホール

    芝居だからこその嘘も
    生身の人間がそこにいるからのほんとも
    ライブ感あふれる遊び心も
    ぎゅうぎゅうに詰め込まれた密度濃い2時間。
    たった二人の登場人物、閉じられた空間が
    あそこまで広がるのは完成されたスタッフ力のたまものか。
    お伊勢参りにでかけたはずの弥次さん喜多さんは
    雨に降りこめられて宿で足踏み状態。
    延々と降り続く雨。
    堂々めぐりの会話。
    もう本当に二人が旅にでたのかも
    生きているのか死んでしまったかもわからなくなる。
    ただ二人といっしょに迷路を旅して
    またふりだしに戻るを繰り返しながら
    笑ったり、男の色気に惚れ惚れしたり、
    次々しかけられる演劇の嘘にあんぐりしたり。
    いつまでも彼らの夢につきあっていたいのに、
    パタリと本を閉じるように終わってしまう世界におもわず涙。

    貼り付ける写真をネットで探していたら
    お二人の若い時の写真を発見。
    今のあなたも好きだけど、もっと早くに出会っていたかったって
    恋する乙女のセリフだね。



    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    OPUS「Nirai」
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      2019年1月25日 konya gallery

      ずるいよなぁ、みんじさんは。
      SFとして、え?これどうなってんの?
      タイムマシンもの?パラレルワールドもの?と
      どマジメに考えたくもなるけど
      いや、そんなマジにならずに、このドタバタのシチュエーションを笑えよと
      すかされてる気分にもなる。
      そのつっつきどころの微妙さがOPUSのおしゃれさでずるさなんだよなぁ。
      しかもね、これは単なる偶然だと思うけど
      OPUSの脚本はいつもちょうど自分のその時々のツボをついてくるの。
      前回は病気とか、それをどううけとめるか、伝えるかとか
      ちょっとその時の私にタイムリーすぎて、泣きすぎて困った。
      今回はね、ちょうど「このままじゃやばいやろ」と職安行ったりしてたとこに
      未来の話。観劇して帰宅したら不採用通知届いとるし(笑)。
      まぁ、芝居のどこがツボにはまるかなんてのは、
      観客側の勝手な解釈だから。
      今回の芝居でもSFとして真剣に考える人、
      ドタバタシチュエーションコメディとして楽しむ人
      「夫婦」とか「毒親」とかいろいろ思いを馳せちゃう人。
      それぞれでいいんだろなぁと思う。
      劇場じゃない場所でみるOPUSはさらに
      その自由度があがる感じがいいんだろなぁと思う。
      客席も普段劇場では見ない顔(しかもおしゃれ系・カフェ系な人々)が多い印象。


      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      そめごころ「劇場のすすめ」
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        2018年8月31日 ぽんプラザホール

        そめごころ、あいかわらず攻めてるなぁ。
        こんなの演劇じゃねぇと、ちゃぶ台返したりはしないけど、
        私にはちょっともどかしかった。
        前作「スクリーン」は冷泉荘の使い方やループ構造の話のために
        あえてまっすぐに物語がすすむのを選ばなかった感じがするけど
        今作は、物語になりそうでならない、ひとつになりそうでならない。
        あえて、なのだとは思うけど私には舞台がひとつの物語として
        成立させることから逃げてるようにもみえた。
        まぁ、私「物語好き」だからね。好みの問題。

        演劇をやる人たちのおはなし。
        ひとつの公演が始まって終わる、仕込んでバラすまで。
        実際に客席が組まれたりものが運びだされたりする
        その合間合間、あちらこちらで小さなエピソードが展開される。
        それは彼らの体験なのか、脚本上の虚構なのか、
        今舞台で演じられてる物語そのものなのか。
        女子高生同士の恋バナ、無謀な自転車旅行、
        いつまでもこども扱いしてくる母親。
        小さな共感のたくさんあるエピソードたちだったけど
        その共感の持っていきどころに悩んでしまった。
        よくも悪くもその余韻が「そめごころ」の思うツボにはまったような気もして
        ちょっと悔しかったりもするのだが。

        | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 21:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        Hall Brothers「Sour Grapes」
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          2019年1月18日 ぽんプラザホール

          今年の初観劇は久しぶりにぽんプラザで公演のHall Brothers。
          抽選にはずれ続けたと嘆いていたもの、やっと当たったようでよかったね。
          会場に入ると、こじゃれたリビングルームのようなセット。
          こういうところを手を抜かず、とってもきれいに作っているのも
          Hallさんらしい、好感が持てるとこ。

          お話はあいかわらずの羨望や嫉妬・自己防衛の嵐の
          大人のいやらしさ全開。
          今回はPTAのお母さんと先生が中心なんだけど
          そこにキレキレのビジネスマンや謎の占い師が混ざることで
          噛み合わない会話のおかしさがよくでてる。
          多分父兄と先生だけで本音でバトルしてしまったら
          救いようのない話になったろうからね。
          あとは、先生とお母さんの大人の恋愛話も効いてるねぇ。
          「正論」だけではどうしようもない大人の恋愛事情には、
          愚かさよりも「かわいげ」を感じてしまうのは、
          私が子供を持たないからかしら。
          そんな「かわいげ」の部分や
          出てはこない見えない子供たちに向ける視線に
          なんとなく、作家の幸田さんや
          今回もお母さん役でいい味をだしていたあやちゃんの
          親になった視点を感じて、
          今後この劇団がどうなっていくのかを楽しみに思う。

          | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 18:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          2018年芝居ベスト10
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            2018年の劇場での鑑賞本数は86本
            お芝居だけではなく、ライブや落語・ストリップなど
            生身の人間のパフォーマンス全般を含みます。
            こちらも「エンゲキ係数」高すぎるから減らそう減らそうと思いながらも
            ここ数年80本はくだらない状態。
            さすがにこれだけ見れば、好みにあわない作品やムリしてみなくてもよかったかなの作品も
            10本くらいはありますが、まぁ最終的には好き嫌いだからね。
            映画だって、これは映画館じゃなくてDVDでもよかったかしら?くらいの作品にもあたることあるし。
            「チラシが好みじゃない芝居はやっぱり作品も好みじゃない」という
            当たり前だけど納得な法則に今さらながら気づいたので
            今年こそは少し鑑賞本数が減るかもしれません。

            映画と同様順位はつけずにこの10本。



            「東京の街がゆめみる」 820製作所
            「埋没」 トラッシュマスターズ
              キビるフェスは社会派作品が多くて面白かった。
              役者の一人二役がすごくきいていた2作品。
            「彼の地供廖)牟綵7歃儼狆譽廛蹈妊紂璽
              北九州という土地と地元の役者への愛にあふれた作品。
              これを東京の作家が書いてくれたことの愛の深さよ。
            「変身」 NAKASHIMAグループ
              面白いテキストと身体の動くいい役者。
            「クレナイのワルソウ」 南無サンダー
              泥臭くベタだけど南無サンダー的進化を感じたので。
            「夜に沈む太陽」 Dull-collered POP
              どっしり重いテーマだけどちゃんとエンタメ要素があって。
              3部作を見届けたい。
            「消えていくなら朝」 
              家族ってあったかくてほのぼのするものとは限らない。
              家族ならではのしんどい思いにちゃんとむきあう姿勢。
            「一般ヒーロー」PUYEY
              忘れたくないこどもの頃の思い。
              こどもたちにも大人にも響くまっすぐな心。
            「ちっちゅうのララバイ」 いすと校舎
              自宅劇場でしかできない、回遊型という形。
              何気なくて愛おしい。家と家族の物語。
            「真夜中のやじさんきたさん」KUDAN PROJECT
              夢かうつつか、堂々巡りの迷路で永遠に迷っていたい。
              
            次点は今後が気になるという意味で
            「10万年トランク」劇団ハタチ族
              365日公演、48都市公演を遂げたのちの今年の劇場をつくる動きが気になる。
              というかいつか行ってみたいわ、その劇場。
            「ザ・空気 Ver2」
              社会問題や政権批判、リアルタイムにやれるのは「演劇」が最後のメディアになるかもしれないと思った。TVや映画にはできないこと

            | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            演劇関係 いすと校舎「ちっちゅうのララバイ」
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              2018年11月17日 自宅劇場

              北九州で生まれ育った私でも初めて行った町、行橋、新田原。
              行ってみたら思った以上に遠かった。
              遠かったけど、今までいかなかったことを後悔するくらいに行ってよかった。
              駅をおりても何があるというわけでもなく、
              狭いけど交通量は多い道、両側には畑や住宅が点在。
              どこにでもある田舎の風景。
              こんな町に、こんな劇場があるって
              なんて素敵でなんて愛おしいことだろう。
              古民家なんてこじゃれたもんじゃない。
              街の新興住宅地で育った私にとっては
              古めかしい床の間やら欄間やら立派なつくりの家やなぁと思ったけど。
              多分、田舎基準では普通の家。
              まさに自宅。
              作・演出の守田さんのおじいさんの家だったという
              三世代、セリフもないリアルお子様まで含めると
              四世代にわたる家族の物語。
              華麗なる一族でもなければ、一大歴史大河ドラマでもない、
              普通の家族の普通の日常。
              息子の帰省や、母の命日といった家族の行事ごとや
              隣の嫁がおすそ分けを持ってきたり、
              初めてのマクドナルドの思い出だったり、何気ない日常の会話が、この家、この居間できけば
              どうしようもなく愛おしい。
              最後は娘の結婚で親戚一同が鍋を囲んで集まる景色から、
              新たにこの家を手にいれ、新しい家族が新しい歴史を刻む
              気配でおわる。
              ただこの娘の結婚は反則だなぁ。。。
              娘への手紙を読むお父さん。
              役者さんではないよなぁとは思ってたけど。
              娘役の女優高野由紀子の実の父親が
              パチンコ屋のチラシの裏に書いた娘の結婚式での挨拶文を読む。
              これは、本当の結婚式にとっておいてあげないと
              酷ってもんでしょう、と思いながらも
              とつとつと原稿を読むお父さんに涙。
              これ、反則だぁー。

              | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 19:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              「ゲゲゲの先生へ」
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                2018年11月17日 北九州芸術劇場大ホール

                こどもの頃は夜が怖かった。
                外が暗くて、そこにはオバケがたくさんいると思ってた。
                だからこどもは夜は寝ないといけないと思ってたし、
                眠れない夜はオバケが怖くて固く目を閉じてた。
                夜の闇が薄くなった今のこどもはどうなんだろう。
                「人」ではない何かがいる世界を信じたり、怖がったりできるのかなぁ。

                何て言ったらいいんだろう。
                水木しげるの妖怪の世界と前川知大のSFチックな世界が
                こんな風にひとつになるとは。
                近未来SFであり、日本昔話。
                そら怖ろしくて懐かしい。
                共通するのは、「人」ならぬものへの畏怖と愛。
                「闇」がなくなった世界はそんな畏怖をなくしてしまうのかもしれないなぁ。

                今年はイキウメが九州で公演してくれなくてさみしかったので
                イキウメ充できたのが嬉しかった。
                そして、私が前川脚本にはまったきっかけは
                蔵之介さんのTEAM申で前川さん脚本の
                「抜け穴の会議室」だったりするので
                前川ワールドで生きる蔵之介さんをみれてこれも満足。
                池谷さんの「コケカキーキー」はちょっと反則。
                ずるいわ、あんなん。憎めないに決まってる。


                | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 00:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                「華氏451度」
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                  2018年11月4日 兵庫県立芸術劇場中ホール


                  言わずと知れたレイ・ブラッドベリのSFの名作。
                  というわりには、このチケット買ったあと慌てて読んだ。
                  正直、ちょっと哲学的で難しい小説だと思った。
                  SFってそんなものなのかも知れないけれど。

                  「本」が禁じられた世界。
                  人々は液晶パネルから垂れ流される情報に依存し、
                  ハイウェイでのスピードレースにしか生きている実感をみいだせない。
                  戦争が近いことを示す戦闘機のジェット音にも麻痺している。
                  ファイアーマンのガイは、摘発された本を焼く仕事に何の疑問をもたぬどころか
                  炎への快感すら感じていたのに、ある少女と出会ったことで歯車が狂ってゆく。
                  65年も前に書かれた小説が、色あせないどころか
                  まさに現代の縮図。
                  人は本よりもネットやTVに依存し、
                  目の前の「喜」や「楽」の感情だけをとりこみ
                  「怒」や「哀」からはは目をそむける。
                  与えられた快楽や規則には疑問を持たず
                  戦争の影にさえ麻痺していく。

                  原作の小説が素晴らしいのは言うまでもないけれど、
                  演劇の力。
                  画として見えることで迫ってくるもの。
                  冒頭の「本が燃える」シーンだけで
                  もうぐっと胸がつまってしまった。
                  だって、本が大好きで、毎日でも図書館に行くような子どもだったんだもの。

                  7人で主役の吉沢さん以外は一人何役もこなす役者さん達。
                  衣装や小道具を替えながら演じるけれど、
                  時にそのまま前のシーンの役のセリフを言ったりするのが
                  ガイの頭の中のフラッシュバックのよう。
                  ガイの頭の中がかきまわされ、観客の緊張感も高まる。
                  前から4番目といういい席で吉沢さんの想像以上にいい身体を堪能できたのも眼福。
                  堀部圭輔・吹越満というバリ渋の脇役、ガイを巡る重要な女性二人から鹿や機械犬まで演じて大活躍な美波ちゃんのきゃしゃでしなやかな身体と、もう視覚情報もいっぱいいっぱい。

                  ちょうど前日に観た「6週間のダンスレッスン」が美しい夕焼けで終わったのと対照的に、
                  この芝居は美しい朝焼けで終わる。
                  戦争で打撃を受けたであろう町にのぼる朝日。
                  繰り返す人間のおろかな歴史に
                  積み上げられた知を持って立ち上がる人達。
                  今の私たちにできることはまだあるのだろうか。


                  | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  「6週間のダンスレッスン」
                  0
                    2018年11月3日 サンケイホールブリゼ

                    どうしたらこんなかわいいおばあちゃんになれるんだろ?
                    私はあと30年、芝居を続けていられるだろか?
                    その時の私は彼女のように美しく優雅に動けるのだろうか?
                    舞台の中のリリーという女性の生き方と
                    目の前の草笛光子という女優の姿と
                    これから老いていく自分の行く末。
                    いろんなことを重ね合わせて、なんとも言えない気持ちになった。

                    友達とのおしゃべりに旅行、
                    ショッピングモールでの買い物、そしてダンス。
                    リリーはせいいっぱい人生を楽しもうとしているけれど、
                    それが残り少ないことも知っている。
                    「年齢をとると女はだんだん消えていく。みんな私がみえなくなるの。」
                    私もこんなセリフがしみる年齢になってしまった。
                    私はリリーのように夫の名前を抱えていれば透明人間にならなくてすむ経験はないけれど、
                    誰々さんの妻、誰々ちゃんのお母さん、としか名前がなくなってしまったら
                    やっぱりそれは一種の透明人間ではないのかしら。
                    だから「僕にはみえる、あなたはそこにいる」というマイケルのセリフ。
                    あぁ、しみる。
                    年齢や立場を超えて、友達としてダンスのパートナーとして結びつく二人。
                    いくつになってもそんな友達がいたら幸せだな。
                    もちろん、松岡君のように自分よりぐっと若くてハンサムだったらなおのこと(笑)。

                    「老い」も「死」も誰にでも近づくものだけど、
                    若い頃はそれを実感できない。
                    昨年の病気のこともあって、それを実感できる年齢になって
                    このお芝居を観られてよかった。
                    というか、そうでなければこのお芝居を観たいというアンテナには
                    触れなかったよね。
                    実際、草笛さんは2006年からライフワークとして続けて、今回上演200回を超えた作品。
                    ねずみさんと共演したりしてるのは知っていたけど、観にいかなかったなぁ。
                    でもそれを悔んだりはしない。
                    観るべき時に観たのだなぁと思うだけだ。

                    芝居は二人が美しい夕陽を見ている場面で終わる。
                    人生の最後に、ひときわ美しく輝くことができるのか。
                    私も、芝居も落語もダンスもあと30年は頑張って、
                    早く綺麗なグレイヘアマダムになって、
                    最後まで、楽しみながら逝きたいなぁと呟きながらも
                    観劇後は大阪の下町、十三の角打ちでくだまいた。
                    私のマダムへの道のりはまだまだ遠い・・・

                    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 13:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    NODA MAP「贋作・桜の森の満開の下」
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                      2018年10月25日 北九州芸術劇場大ホール

                      満開に花ひらいた桜の大木にしんしんと降る桜の花びら。
                      大地の殻を破るように、敷き詰められた花びらから湧くように現れる赤鬼たち。
                      冒頭からなんて贅沢な舞台だと思った。
                      しょっぱなから既にクライマックスのような美しさ。
                      頭の中にイメージした美しい画を惜しげもなく舞台に表現する贅沢さ。

                      もちろん役者陣も惜しげもなく贅沢。
                      深津ちゃんの圧倒的存在感は文句なしだけど
                      その対照のための麦ちゃん・早寝姫の存在とか贅沢すぎる。

                      美しい男、天海祐希演ずるオオアマは
                      冷徹に国を滅ぼし国をつくる。
                      美しい女、夜長姫は妖しく人を煽り、
                      愛と憎しみを膨らませ、人を滅ぼす。
                      美しい男は鬼なのか?美しい女は鬼なのか?
                      人の世界の外から平和に人を羨む鬼たちの姿と比べて
                      人の中に住む鬼の怖ろしさ。
                      怖ろしいまでの美しさ。
                      愛するものは殺すか呪うか戦うか。
                      夜長姫のとろけるほど妖しく
                      それでいて鋭利な刃物のような言葉。
                      花吹雪舞う桜の木の下に
                      人は鬼を埋めてきたんだね。
                      自分がかつて愛した鬼を、自分の中に住む鬼を。
                      だから満開の桜の下ではいつも心がざわつくんだね。


                      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |