劇団鹿殺しライブビューイング「オレの骨をあげる」
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    2018年8月19日 イオンシネマ福岡

    すごいなぁ、鹿殺し。
    しばらく福岡に来てくれないのでチェックしていなかったら
    いつの間にか、サンシャイン劇場での本公演、
    全国ライブビューイングまでやるようになってる。
    とは言え、私自身もこのライブビューイングの情報を知ったのはけっこうぎりぎり。
    芝居と違ってフライヤー等がでまわるわけでなし、
    福岡での開催場所はイオンシネマ福岡とけっして便利な場所でなし、
    なんだかちょっと心配になって、これは行かねばなるまいという気になった。
    何しろ、動機がそんなんだから、前情報はほとんどいれてなかったんだよねー。
    いや、映画も芝居もあまり前情報入れずに見るほうが好きなのは確かなんだけど。

    病院で自分の臨終の瞬間を見ている女、からしまたえ。
    三途の川では彼女を主役にしたコンサートが開かれようとしていた。
    彼女の生きてきた足跡を彼女自身が歌いあげるコンサート。
    バックダンサーとして踊る骨ダンサーズの衣装、かっこいい!
    と思ったとたんに、ん?でもなんかみたことあるぞと思った。
    そうか、これ、西鉄ホールで観た作品の再演なんだ。
    2013年の春「BONE SONGS」というタイトル。
    いや、別に再演で知ってる話だったら見ないってことではないし、
    結末とかディテイルとかそんなに覚えてはないんだけど
    ちょっとだけしまったと思った。
    私はこのたえという女が好きじゃないのだ。
    なんかむかつくのだ。

    弱小プロレス団体の社長だった父。
    宝塚のスターだった母は、受け身がとりえな地味なプロレスラーの父に恋をし
    たえを授かるが、きゃしやな身体での出産に耐えられず
    たえの誕生と同時に亡くなってしまう。
    生まれながらに不幸を背負ったたえは
    学校でもいじめられ、友達と言えば父の後輩や
    父が連れてきてくれた二人の女の子だけ。
    故障の多い父にかわって、自分は主役になろうとがんばるたえ。
    女の子3人のレビューごっこに卓球、そしてバンドと
    次々と才能を開花させては、いつも頂点にはたてないたえを
    「えたましらか王国」の願いの強さと
    たえを愛し、たえの骨となった男達が支える・・・

    演出の菜月チョビさん、でずっぱり、うたいっぱなしで
    小さな身体から発せられるエネルギーがすさまじい。
    たえはチョビさんそのものの姿なのだろう。
    九州から大阪・東京とそのステージを大きくしながら
    まっしぐらに進んでいく姿は
    愛さずにいられない、支えずにはいられない、
    そんな存在なのだろう。
    たえに共感できないのは
    たえが自分のエゴを認めない、というか自覚してないところだ。
    たえの願う力の強さはエゴの強さ。
    なのにいつもたえは、自分は不幸・不運という顔をして
    「お父ちゃんのため」「あゆむのため」と自分の気持ちをすりかえる。
    いいじゃないか、己のエゴで、と思ってしまう。
    そうなると、自分をささえる「骨」になる男達、
    タイトルの由来そのものがぼやけてしまうってことかしら?
    もちろん、チョビさんのことが嫌いなわけでもなければ
    この作品が面白くなかったわけでもないよ。
    あのロックミュージカルとしてのできもいいと思うし
    チョビさんの歌はとっても魅力的。
    東京まで追っかけていくのはムリだけど
    ライブビューイングならこの値段でもまた行くかなぁ。
    できれば、ユナイテッドあたりでやってほしいけど。

    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:29 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    Nakashima group「鼻」
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      2018年8月9日 KONYAギャラリー

      女優3人が喋り動き語る。
      もとのテキストの面白さ・シュールさが女優の身体を通して見え隠れするような
      いや、簡単には見えないぞ、な不思議な世界。
      いいテキストは耳にもここちよいなぁ。
      もちろんリズミカルな語りもあってこその心地よさ。
      前回公演「変身」を観た時にも思ったけど、
      つくる過程を覗き見してみたい。
      テキストをばらしたりくっつけたり、
      動きのつけられるところを探ったり。
      とにかく前回公演が衝撃的に面白かったので
      期待のハードルを無茶苦茶高く初日に観劇。
      やっぱり面白かったので、バンバン宣伝してやろうと思っていたら
      既に売り切れ回も多数。
      納得の人気ぶりでした。
      贅沢を言えば舞ちゃんにもっと暴れてほしかったかな。
      もっと身体動くでしょ(笑)?
      と、シュール系のテキストで前回と似た雰囲気になってしまう部分もあり。
      でも、とても面白いシリーズになりそうなので
      次回もハードルあげあげで観にいきます!

      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      「最強の一人芝居フェスティバル INDEPENDET'FUK'」
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        2018年7月22日 ぽんプラザホール

        福岡でもこのの一人芝居フェスが開催されるようになってもう何年になるだろう。
        今年は久しぶりに2ブロック通しで観られたけれど
        正直、なかなか招聘作品と九州勢との差は埋まらないなぁと思った。
        だからと言って「自分がやってみろよ」と言われたら困るけど。
        落語を始めて、
        落語の語り方みたいなものに少しは慣れたかなぁと思っているところなので、
        一人芝居の作り方との違いみたいなものを考えると
        正直「私にはできんなぁ」と思う。
        だからチャレンジする方々のことは素直にリスペクトはしております。

        落語っておしゃべりだから。
        たとえ舞台の上からでもしゃべりかけるとお客さんはたいてい
        反応してくれるし、聞いてくれる。
        一人芝居はやっぱりお芝居。
        舞台と観客との間には一線ひいてあるから、
        ただ舞台の上で何かを提示したからと言って応えてくれる、見てくれるとは限らない。
        なめらかな語り、きれいな動きだけでは
        一人で30分もたすことはできないんじゃないかなぁ。
        だから、お話に仕掛けがあったり、
        ツカミに観客を驚かせたり、
        肉体的に強いものがあったり、
        ちょっとハッタリかますような要素もないと辛いなぁなんてことを感じた。
        今回の二つのブロックは、意図的にか偶然にかはわからないけれど、
        見えない相手(幽霊とか手紙の相手とか)を想定した語り系と
        自分の肉体を使って見せる系とに分かれてた感じ。
        「幽霊」ってのは一人芝居の相棒としては最適なんでしょうねぇ。
        目に見えないことが当たり前だから。
        幽霊だけにやっぱりちょっと観客を脅かすくらいのツカミのあった
        「一人だけ芝居」は面白かった。
        やっぱりインパクトのある構成は大事だなと。
        あの奇天烈な念仏をもっと早くに出してきたらもう少し違ったかな、とか。
        ジュディオングで綺麗に終わったけど、いきなり自分でジュディ歌いだすくらいのインパクト欲しかったなとかね。
        肉体系は、やっぱり役者の強い身体ありき、
        「オレを見ろ」なオーラがでてるもの勝ちやなと。
        そういう意味ではテシマ君は健闘してたんじゃないかしら。
        正直、ギャグはいただけなかったけど、
        あの身体で舞台の上で動けば目が離せないものはあるなと。
        ただ、そのあとのイトウワカナさんの走りがすばらしすぎた。
        女の一生、とまではいかないけれど
        女性の生き様と長距離走。
        幸せなゴールなんてあってもなくても、
        走り続ける彼女の力強さは感動もの。

        | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        「Fly Again」
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          2018年8月2日 博多座

          「市民演劇」というジャンルになるのかしら?
          いや、そのジャンルを超える圧巻の総勢138人のダンスシーン。
          私はとってもらった席がよすぎて、後方のダンサーさんがあまり見えなかったのだけど
          それが残念になるくらい、みんながちゃんと踊ってて、みんながちゃんとコンドルズっぽい(笑)。
          ありがちな、「大人から子供までようがんばっとうねー」みたいなレベルは超えてたと思う。
          お芝居パートもよくできていて、よくできてる故に後半で複数のエピソードが絡んでくることとか
          期待しちゃったけど、まぁその辺りは、作家が二人いることとか、大人数の現場の作り方とか
          いろいろあるんだろうなぁ。
          近藤さんが博多座のステージでソロで踊ってる!とか、
          杉山英美とぎたろーが一瞬ながら共演してる!とか
          個人的にぐっとくるポイントは数々あれど、
          何よりもぐっとくるのは博多座さんのこの企画そのもの。
          よくぞホークスを、コンドルズを巻き込んでくれた。
          よくぞこれだけの福岡の人を巻き込んでくれた。
          福岡愛とホークス愛をたっぷりとつめこんだ作品。
          あの点数はあり得ないとしても、福岡の人なら
          勝っても負けてもホークスを諦めずに応援し続けるやろうなと
          なんか納得してしまうところがいいよね。
          福岡でお芝居を続けてきた人達もたくさんの愛とエールをうけとったと思う。
          これからダンスや芝居をやりたいと思う子供たちにも。
          あの拍手と手拍子はきっとあなたの支えになるよ。

          ちょっとだけ気になったのは、
          女性の年齢や容姿に関するネタや女性同志の戦いの図が若干多いかなと思ったところ。
          喫煙室のエピソードのきっかけも、実況席のアイドルの戦いも、ハニーズネタも
          ぜーんぶ似たような構図の女性同志の年齢と容姿をネタにした戦い。
          ばあやのさとううめこさんも、ともながマネージャーも
          理不尽に若い女性たちにバカにされてるし。
          こういう現場は、どうしても女性が多いだろうし、
          女性キャストをたくさん使うためにこうなったってところかなぁ。
          娯楽作品として笑いをひきだすネタのひとつだもの、
          女性差別だとかガチガチに言うつもりはないけど、
          「へー、ふーん、こういう引き出し?」とは思ったよ。
          ハニーズ楽屋が突然ホラーぽくなったり、
          実況席のアイドルが万引き演技で逆転を狙うってのは
          ちょっとつきぬけてて面白かったので
          そういう落としどころがあるかどうか次第でもあるんだろうな。
          だって「Fly AGAIN」なんでしょう?
          年齢そのものは絶対に逆転できないんだから、
          そこただの笑いのネタにして拾ってあげないのは、ちょっとねと思っちゃった。
          しかも、ラストは実際の作家・プロデューサーらが、
          この話のスタートへ戻る形でおいしいところを持っていく。
          いや、おいしいところを持っていくのは別にいいんだけど
          女性の話がああいう感じで、ラストがその話をつくった男達のちょっといい話で終わって・・・って考えようによってはいやらしいよね。
          いや、私のヒネ過ぎ、考え過ぎだとは重々承知です。


          | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          イキウメ「散歩する侵略者」
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            2017年12月3日 北九州芸術劇場中ホール

            あぁ好きすぎて感想かけないと思ったままこんなに時間がたっちまったよ。
            私が前川さんの作品を好きな要素がみっしりと詰まった作品だよ。
            いきなりドンと持っていかれるSFな設定。
            たどり着くさきは人間のはなし。
            特にこの作品は究極の「愛」の話。

            行方不明になっていた夫が帰ってきた。
            記憶喪失のような、子供のような状態になって。
            仕事に戻ることなくふらふらと散歩ばかりしている夫にいらつきながらも、
            失踪前のぎくしゃくした関係とは違う愛情を抱き始める鳴海。
            実は夫は地球侵略をもくろむ宇宙人にのっとられていた。
            彼らは人間の脳から直接「概念」を奪うことで
            人間を理解し、侵略の足掛かりをつくろうとしていた。

            あぁ文章にすると何て突飛なSF設定なんだ。
            でも、舞台で観るとするりとこの世界に入っていけるのよ。
            説明ができなくてもどかしいけど。
            だから前川作品の感想書くの苦手なんだな。

            「概念」を奪われることのおそろしさ。
            「家族」とか「所有」とか。
            ひとつの概念を失くすだけで全てが無くなったり、
            なにもかもから自由になれたり。
            それがわかっていても「愛」をさしだす絶望と希望。
            やっぱりこの話のキモはここなんだよ!と
            映画バージョンの違和感を改めて感じる。
            映画は別物なんだから比べてもしょうがないんだけどね。


            | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 09:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            そめごころ「スクリーン」
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              2018年5月24日 冷泉荘

              ルールは誰のためのもの?
              これは誰の夢?誰の現実?
              誰の過去?誰の未来?
              スクリーンの向こうとこちらと思っていたものが
              次々といれかわり、繰り返される。
              無限ループの入れ子構造。

              すぐそこで繰り返される退屈な日常が
              スクリーンに映されることでどこか紗幕をかけたよう。
              そこへ飛び込むリアルな音、窓の開け閉め、ドアのノック。
              これがまた冷泉荘ならではの重い音が突然リアルに響く。
              ドアをたたく音には、何度もびくりとした。

              スクリーンは、
              世界を映すのか、世界を遮断するのか?
              偶然に映り込む窓の外の車や通行人までどこかつくりもののようで。

              窓の外や、ドアがふたつある構造、
              使いにくいはずの冷泉荘の形を面白く使ったなぁと感心。
              アイデアや、やりたいことを形にする力はすごくあるのだと思う。
              でも手放しで「面白い」「おすすめ」と言えないひっかかり。
              体感時間の長さも含め、あと少し、何か、とひっかかる。
              ‘アイデア’や‘表現’の積み重ねが「演劇作品」になるには
              その間に何があるのだろう?
              改めて私も考えてしまう。
              個人的には田島君が一番生き生きしたのが
              「ダークナイト」を語る姿だってのにうけた。

              | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 11:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              劇団go to「愛の賛歌」
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                2018年3月17日 ぽんプラザホール

                後藤さんの脚本で木内さんとの二人芝居。
                そりゃあ期待したよ。そして、まぁ驚いたよね。
                当日受付に言ってみたら、
                「急遽リーディング公演になりました。お代はいりません。」と。
                多くの観客がSNSに書き込んでた通り、
                脚本を手にしてはいても
                素晴らしい仕上がり、お金とってもよかったのに!
                でも、私がお芝居に「制作」という立場でも関わってきたせいか
                やっぱり気になる。どうしてもひっかかる。
                なぜ当日?
                SNSやネットでの発信は100%ではないにしても
                イマドキはかなりの浸透率でお客様に届くはず。
                リーディングという形式が悩んだあげくにギリギリの結論だったとしても
                その決断の時期はいつだったのか?
                数日あれば、なんらかの情報発信はできなかったのか?
                むしろそれができる期日内に決断すべきだったんじゃないか?
                リーディングということを事前に公表した上で、
                同額ではないにしても料金をとることや
                投げ銭的にカンパをつのることも可能だったのではないか?
                いや、観客に対して約束を破ったわけだし、劇団のプライドという意味でもそれはできないか・・・
                いろんなことが気にかかる。
                いつぞやの公共劇場の公演中止の時もそんなことでもやもやした。
                なぜそうなったかも気になるけれど、なぜ当日でなければ発表できなかったのか。
                その経緯についてどこまで説明する責任があるのか・・・
                あの時は観客としてその場にいたわけではないので何も言う権利はないのだけれど、
                SNSを見ていると誰もその説明を求めたり、怒ったりしていないのに
                不思議な気持ちだった。
                今回はリーディングとは言え、かなりレベルの高い作品を観られたわけだし
                怒る筋合いはないのだけれど
                どうしてももやもやしたものは残るなぁ。

                作品に関しての感想は全く皆さんがSNSに投稿していたものに異論はないんだけど。
                めぐるめぐる母と娘の物語、女どうしの物語。
                時に母で時に娘で、時にそれが逆転して
                くるくると衣装と年齢・関係性を変えながら
                二人が演じる女同士の物語は
                女性の私にはちょっと息苦しくなるほどに
                「あるある」や「あぁしまった」がつまってる。
                だから、リベンジ公演となる今度のあじ美ホールでの公演も多分観にいっちゃうんだなぁ。
                なんかちょっと悔しいけど。


                | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                南無サンダー「クレナイのワルソウ」
                0
                  2018年3月24日 箱崎駅前広場

                  ごめんなさい。
                  私、南無サンダーなめてました。
                  いや、好きだし応援はしてましたよ、今までも。
                  でもどこかで芝居に関しては
                  「どうせ南無サンダーだしなぁ」みたいな甘めのメガネで観てるとこあった。
                  おバカで全力でまっすぐすぎて熱すぎて、
                  その熱さゆえにちょっとだけうざくって、
                  それでも愛すべき奴らやなぁとは思っていたけど、
                  今回は「芝居」として面白かった。
                  いや、褒めてるのか失礼なこと言ってるのか
                  だんだんわからんようになってきたけど。

                  わかりやすく任侠もの。
                  拾われたチンピラとヤクザの親分と姉御。
                  あいかわらずのまっすぐの奴らだけで
                  戦う相手はなぜか、ライバルの○○組とかではなくて
                  「たまには喧嘩に負けてこい仮面」みたいな奴。
                  ぶつかってもぶつかっても
                  「たまには喧嘩に負けてこい」と歌いながら
                  立ち上がってくる超クール、いや、超シュールな奴。
                  あぁ、男の子って常にこういう
                  得体の知れないものにぶつかり続けてるのかもしれないなぁと
                  ちょっと哲学的な心持にすらなった。
                  もしかしたら、少ない役者でまわすための苦肉の策やったんかもしれんけど(笑)。
                  でも、このシュールな敵のおかげで
                  奴らの「喧嘩」が「芝居」になったよう。
                  南無サンダーの熱さを客演のケニーがぐっと引締めて
                  役者陣もよくなった。
                  ダンスの振付のような殺陣もよかった。
                  リアルに拳ふりあげるだけが戦いじゃない。




                  | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  MONO「隣の芝生も」
                  0
                    2018年4月8日 北九州芸術劇場小劇場

                    ずるいよなぁ。
                    土田さんの描く世界にでてくるのはいつも
                    不器用で気弱でいとおしい男達。
                    そしてやたらと仲がいい。
                    男どうしって羨ましいなと思っちゃうじゃない。
                    なんか冴えなくても赦しちゃうって思っちゃうじゃない。
                    しかも自分自身もそのいとおしい男の一人になっちゃうし。
                    今回はヤクザから足を洗って
                    新しい商売を始めようとする男たち。
                    今回は新事務所の隣のスタンプ屋の若者たちとの
                    交流というか、混乱というかが
                    さらに彼らのいい人具合を浮き立たす。
                    というか、「いい人」ってなんなんだろう。
                    わたるさん演じるイマドキの若者。
                    人あたりがよくて聞き上手。
                    いい人なんだけど、現実から逃げ出すのも
                    人をあざむくのにも何の罪の意識もない。
                    いや、これっていい人なのか?
                    土田さん演じる現役ヤクザというかチンピラ?も、
                    友達思いのいい人みたいだけど
                    あの要領のよさがどこか信用できない。
                    それに対して元ヤクザの男達は
                    どうやってヤクザやってたんだろうってくらいいい人。
                    噛み合ったり噛み合わなかったりする会話のはしばしからいい人が溢れてる。
                    結局、彼らはすんなり足を洗えるはずもなく
                    不器用にその道にけじめをつけにいくしかないんだけど、
                    願わくば、彼らがどこかの世間の片隅で
                    「もっちもち」とか言いながら
                    ひっそりとでも楽しく生きていますように。
                    最後にすっかりヤクザの頃のスーツ姿で決めた
                    彼らがやけにかっこよくて
                    そんなところもずるいよなぁ。


                    | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    パルコ劇場プロデュース「アンチゴーヌ」
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                      2018年2月25日 北九州芸術劇場大劇場

                      大劇場での公演とは言え、大劇場の舞台上舞台。
                      劇場の客席からさらに舞台へ上がり着席するまでの過程には
                      沢山の係員が配され、途中退場ができないアナウンスなどをしてくれる。
                      それだけでいつもと違う緊張感を漂わす。
                      十字の形の舞台を客席が囲み
                      私の席はさらにそれを見下ろす2階席のような場所。
                      緊張した面持ちで早めに席に着く観客はこれから裁判の傍聴でもするかのよう。
                      って裁判の傍聴席がどんなんなってるか知らないけど。
                      そして上からその裁判を覗く私の場所は何にあたるのだろう?
                      なんて考えていたら、芝居の冒頭。
                      看守のような衣装の女性が語るプロローグは
                      本当にこれから始まる裁判の陳述のように、
                      硬い、的確に届く言葉でこれから始まる悲劇を語り始める。

                      自分自身の価値観や倫理観をまげず
                      兄の埋葬を決行したアンチゴーヌと
                      国を治めるものとしての規範や
                      政治的な力を示すために彼女を裁かねばならぬクレオン。
                      若い頃の私なら断然アンチゴーヌの味方だったけどな。
                      生瀬さんの熱演ゆえか、自分が年齢を重ねたからか、
                      クレオンの苦悩が迫ってくる。
                      おじさんもたいへんなんだよ、そんなにいじめないでくれよ。
                      ある意味無邪気なアンチゴーヌがまぶしく羨ましかった。
                      蒼井優ちゃんは透明感の中に意志の強さを感じる強い瞳。
                      焼肉ドラゴン以来の誓さん
                      イキウメを退団してお久しぶりの伊勢佳世さんを間近で
                      観られたのも嬉しかった。

                      | 立石 義江 | 芝居観る日々 | 12:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |