「ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋」
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    「ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋」
    2020年1月9日 ユナイテッドシネマCC13 監督:ジョナサン・レビン

    サブタイトル通り、ありえない。
    才色兼備な大統領候補の女性と冴えないジャーナリストの恋。
    いや、女性大統領は実現してほしいところだけど、
    とにかくシャーリーズ・セロンの美しさが完璧すぎて
    知性も地位も人望もなにもかも持っていて
    こんなひげもじゃのダサい男と恋するわけがない。
    しかも自分の進退かけるわけがない。
    なんて、野暮なことは言いっこなしよ。
    所詮恋愛はファンタジー。
    下ネタ多めなところも
    ちょっと斜めに皮肉きいてるところも含めて
    大人の恋愛ファンタジーとして、とても楽しめる映画だった。

    とにかくシャーリーズ・セロンが可愛い。
    「マッド・マックス」とか「アトミック・ブロンド」とか
    完璧な美ゆえに、
    どちらかというと哀しみや冷たさを秘めたクール・ビューティーだった
    彼女のコメディエンヌっぷり。
    ちょっとマリリン・モンローを思い出しちゃったわ。
    セクシーさの路線も切れ味もまるで違うんだけど。

    仕事での成功や、理想や正義の実現。
    大切なこと、達成したいことは沢山あるけど
    人は愛したいし、愛されたい。
    そのために一歩踏み出すこと、ちゃんと言葉にすること。
    当たり前のことだけど
    ストレートにそれを感じさせてくれる
    アメリカらしい映画であと味がとてもよい。


    | 立石 義江 | 映画観る日々 | 20:52 | comments(0) | - | - | - |
    「2019年 この10本 映画編」
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      2019年の映画鑑賞本数は、66本。
      1本2本しか見ていない月もあって、
      減ったと思ってたら2018年は58本だったから増えてるねぇ。

      「女王陛下のお気に入り」
       昨年も「聖なる鹿殺し」をいれてる。この監督の悪趣味だけど目が離せない感じ好き。
      「洗骨」照屋年之
       正直全然期待してなかったので思わぬ伏兵という意味でランクイン。なめててごめんなさい。
      「ビリーブ」「最強の85才 RGB」
       この2本は無理矢理ニコイチで。女性の未来を切り開いてくれて先輩たち、本当にありがとう。
      「We are little zonbies」
      クールで乾いた今どきの子ども、でもやっぱり子ども。生きよ、進めよ。
      「主戦場」
       ドキュメンタリーなのにエンタメ。素直な疑問が解けていく。
      「COLD WAR あの歌 ふたつの心」
       冷戦に振り回され、引き裂かれた男と女。時代のきりとり方がお上手。
      「火口のふたり」
       自分の中にくすぶる火。性欲と食欲はなくしたくないねぇ。
      「ワンス アポンア タイム イン ハリウッド」
      若い時の彼らをみて年齢と共にこんなにいい男になるとは正直思っていなかったよ。
      ブラピもレオも。
      「イエスタデイ」
       この世界がビートルズのいる世界でよかった。
      「ガーンジー島の読書会の秘密」
      本好きな子どもだった自分にはたまらない。読む本、書く文章、そこにその人がいる。

      次点としては2018年公開だけどの「クレイジーリッチ」。
      あたりかな。



      | 立石 義江 | 映画観る日々 | 07:00 | comments(0) | - | - | - |
      「イエスタデイ」
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        2019年10月14日 ユナイテッドシネマももち 監督:ダニー・ボイル

        クイーンが「ボヘミアン・ラプソディ」になって、
        エルトン・ジョンが「ロケット・マン」になって、
        実在のミュージシャンのお話が次々映画化される中、
        ビートルズは「イエスタデイ」になった。
        いや、ビートルズにだってドキュメンタリー的な映画は沢山あるし、
        この映画にはビートルズそのものはでてこない。
        でも、すごいことじゃない?
        ビートルズじゃなければこの映画の
        「もしもビートルズが存在しない世界で自分だけがビートルズを知っていたら」
        という設定は成立しないんだから。
        そりゃあ、ストーンズだってクイーンだってすごいバンドだけど
        誰もが知ってる、そして愛されてる曲がたくさんあって、
        しかもそれが音楽界に衝撃的なくらいのインパクトがあって。
        ビートルズじゃなければ描けない設定の映画であって
        この映画でなければ描けないビートルズがある。
        我ながら理屈っぽすぎるかなぁ。

        しかもそれを超えるくらいに音楽そのものの喜びはもちろん
        音楽と共に、愛する人と共に生きる喜びがあふれてくる、「生き方の映画」。
        「ビートルズ」というバンドが存在しない世界では
        ジョンがおじいちゃんになるまで生きていて
        例えミュージシャンじゃなくてもジョンそのものの生き方をしているなんて
        最高じゃないか。
        生きて、おじいちゃんになったジョンの姿に涙して、
        あの曲をまた聞かせてくれてありがとうというファン二人とともに踊って、
        エド・シーランやジャックのアーティストとしての葛藤に身もだえする。
        いろんな感情に揺さぶられる映画だったけど
        とにかく、私が今いるのはビートルズが存在する世界でよかったーと
        心から思える。

        ビートルズがいない世界にもストーンズはいて、オアシスはいないとか
        コカ・コーラはなくてもペプシがあったり、
        洒落が効いてるなぁと思ったら
        どうやらビートルズの曲の歌詞とも関係あるらしい。
        これはあとからのネット情報で知った。
        マニアな人にはマニアな人の楽しみ方もあり、
        でも、「ビートルズ、聞いたことあるな」くらいの人にもわかる、
        ってところがまたビートルズっぽくでいいじゃないか。

        | 立石 義江 | 映画観る日々 | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        「エイス・グレード 世界で一番クールな私へ」
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          2019年10月3日 KBCシネマ 監督: ボー・バーナム

          スクールカースト。
          なんて言葉は私がこどもの時代にはなかったけれど、
          でもなんとなく存在してたよね。
          運動ができて脳天気に明るい男子グループと
          ちょっとませて口がたつ女子グループが上位。
          大人しくても頭いい子やかわいい子がその次くらい。
          子供の頃から携帯やSNSが当たり前にある時代の子どもらは
          容姿や服のセンスがもっと上位にくるのかもしれないわね。

          エイス・グレードは日本で言えば中学3年生で13才くらい?
          「学校」とか「親」とか「クラスメイト」とか
          自分では選べないものに縛られて一番しんどい時代かな。
          中学から高校、高校から大学と大人になるほどに
          物理的な行動範囲の広がりとリンクして
          「世界」はもっと広くて
          自分が息苦しいと感じていた「世界」は
          ほんとの世界のほんの一部だとわかってくる。
          ケイラはその開けていく世界の予感みたいなものを
          ちゃんと感じ取って、
          勇気をふりしぼって扉をひらいていく。
          それはやっぱりクールなことだよ。
          うんうん、がんばれがんばれ。

          私はそこそこに脳天気だったし優等生だったし
          そんなに鬱屈して子供時代を過ごしたわけではないけれど、
          いろいろ息苦しかったことは思い出した。
          「学級委員」なんてしょぼい肩書きのために
          なんかいろいろ我慢しなきゃなんなかったりね。
          遠足も修学旅行も自分の好きな子とばかり自由行動できないとかさ。
          優等生には優等生の大変さもあるのよ。



          | 立石 義江 | 映画観る日々 | 12:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
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            2019年9月15日 ユナイテッドシネマCC13 監督:クエンティン・タランティーノ

            「むかしむかしあるところで」でってことはタランティーノの描くおとぎ話。
            古き良き時代のハリウッドの昔話ってことかしら。
            残念ながらさすがにこの時代のことはリアルでは知らない。
            西部劇。ヒッピー文化。フラワーチルドレン。
            シャロン・テートのミニスカートにブーツというファッションだけが
            かろうじて記憶に残ってる。
            そう言えば、私のこどもの頃の写真に写ってる母は
            二児の母でも結構な短いスカート履いてたな、くらいの記憶。
            車やファッション・音楽、どれをとっても濃密に時代を映していて
            60年代テイストが好きな人にはたまらないだろ。

            ディカプリオ演じるリック・ダルトンは
            かつては西部劇の花形スターだったけれども少々下り坂。
            新しいスター引き立てる悪役の方が増えてきて
            それと共に酒量も増えてきて・・・
            西部劇には詳しくないけど、なんか「なつかしい」
            感じがするなぁと思いながら観ていて、ふと気づいた。
            リック・ダルトンって銀ちゃんじゃない?
            古きよき映画の都にささげたおとぎ話。
            「蒲田行進曲」じゃないのこれ?
            そう思って観ていると
            リック・ダルトンのゴージャスだけど、どこかペラっとした趣味とか
            子役女優の前で泣いちゃう姿とか
            自分で自分に「オレはリック・ダルトン様だ」言いきかすところとか
            やっぱり銀ちゃんだーと思って楽しくなった。
            もちろんヤスの役割は全然違う。
            日米の大部屋役者とスター付きのスタントとの違いもあるし、
            何よりスタントマンのクリフはブラピだもん、もちろんかっこいいし、かなりマッチョ。
            でもクライマックスが何らかの形で二人の関係が精算されるというか、
            リスタートするような事件というところは同じ。
            ただヤスはそれが内側というか、とことん自分に向かい、
            クリフは外敵から身を守るというより何かをぶつけるように外へ向かうという
            この対照も日米ならでは?
            ムリがあるかなぁ、
            「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」=アメリカ版「蒲田行進曲」説。

            | 立石 義江 | 映画観る日々 | 01:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            「火口のふたり」
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              2019年8月29日 中洲大洋 監督:荒井晴彦

              確かにかつての日活ロマンポルノみたいだ。
              かつて恋人同士だった男と女が再会し、
              再び身体を重ね
              離れがたくなっていく。
              「からだのいいぶん」に従って。

              一度だけ「あの頃に戻ってみる」の約束で身体を重ねたはずなのに
              男はどうにも我慢できなくなって
              結局二人は女の結婚式までの5日間を一緒にすごす。
              たくさんセックスをして、一緒にご飯を食べる。
              男が「セックスがこんなに気持ちよかったのを思い出した」
              みたいなことを言っていたのが印象的だった。
              離婚して職もなくした男には性も食もどうでもいいことになっていて、
              多分それは生きること自体がどうでもいいことになっていたんだよね。
              彼女との再会をきっかけにして、釣りをしながら魚肉ソーセージをかじっていたような男が
              アクアパッツァなんかつくっちゃう。
              そう、この映画、セックスのシーンも多いけど食事のシーンも多いのだ。
              食欲と性欲、この二人はこどもをつくるつもりなのか・・・のラストにもつながる
              生きることへの欲望がじわじわと募っていくのがわかる。
              劇中に使われている富士山の絵や
              かつての二人のなまなましいモノクロ写真も効いている。
              料理をつくる男の器用な手つきや、これらの作品をみてると
              彼は多分何かを創る系の人なんだろうという想像もできるし、
              性や食を取り戻したように、彼が創作を取り戻すかもしれないという予感もする。
              富士山の噴火と言う未曽有の災害を背景に
              どこまでも堕ちていくふたりの物語のようで
              実はふたりにとっての再生の物語。

              ふたりがかつての思い出話をするシーンも多いからか
              すごく個人的な昔の思い出を掘り起こしてくる映画でもあった。
              ラーメンもレバニラもアクアパッツァもハンバーグも
              どれもこれも食べたくなったけど、
              昔の彼が最後に私につくってくれたトマトのパスタが食べたくなった。




              | 立石 義江 | 映画観る日々 | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              「ロケットマン」
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                2019年8月30日 ユナイテッドシネマCC13 監督:デクスター・フレッチャー

                どうしても比べられちゃうよね、「ボヘミアン・ラプソディ」と。
                私は「ボヘミアン・ラプソディ」がドキュメンタリーだとすれば
                「ロケットマン」はファンタジーだと思った。
                実在の人物の実際のエピソードが満載で
                主演のタロン・エガートンはエルトンそっくりのパフォーマンスをするけど
                何だかファンタジー。
                ミュージカル仕立ての楽しさのせいもあるけど
                きっと「エルトン・ジョン」って人物が、その人生がファンタジーなんだわ。
                正直私は自分の音楽視聴歴的に、エルトン・ジョンには
                フレディほどの思い入れはなかったけれど、
                親の愛を求め続けた少年時代の彼にキューンとしたし、
                何より彼の天才っぷりに改めて驚いた。
                日本人にはそういう文化がないけど、
                正直、もっと日本人もハグすればいいのに、最近時々思うのよね。
                大人になると、子供のように手をつないだり
                誰かに抱きしめられたりすることが少なくなって。
                私の場合は最近こどもの頃とは逆に、たまにお母ちゃんの手をひいてあげることがあるし
                ハグしてあげたくなることがある。
                私も少年エルトンを抱きしめてあげたい、と思ったし
                エルトンはちゃんと生きて、ハグして、ハグされる人生になったのが
                また嬉しくて。
                比べちゃいけないと思いながらもどうしても思ってしまうよ。
                あぁ、フレディ、どうして死んじゃったの?って。
                この映画を観てからエルトン・ジョンの曲をきいて
                あのぶっとんだ衣装を見るとまた印象がかわるよね。
                生来の彼のお茶目さや、
                それ故に道化のようにもなってしまう彼の哀しさ、
                背景にあった孤独や疎外感。
                でもやっぱり彼の物語はファンタジー。
                いつだって、どこへだって飛んで行ける気がするよね。


                | 立石 義江 | 映画観る日々 | 18:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                「よこがお」
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                  2019年7月30日 KBCシネマ 監督:深田晃司

                  映画の宣伝コピーには「サスペンス」「復讐」という言葉が並ぶので
                  主人公の市子がどんな復讐をしようとしているのかはすぐに察しはつく。
                  しかも復讐の仕方がちょっと短絡的というかあさはかなんだよなぁ。
                  男の人はこれを観て
                  「女ってなんて怖ろしい復讐をするんだろう、こわすぎる・・・」
                  と思うのか
                  「しょせん、女の考える復讐ってあさはかなもんだよ」と思うのか
                  どちらにしても、男の人の考えた女性像な気がして
                  ちょっと萎える気持ちもあった。

                  でもね、人の心理こそサスペンスという意味でいえば
                  とてつもなく深く複雑なサスペンス。
                  むしろ、こんなあさはかな復讐をする女が
                  どんな風に堕ちていき、どんな計画をたてるか、とか
                  どんな思いで妹の死やその息子のことを観ているかを抱えているかを考えると
                  わざとこんなあさはかな復讐をさせたのかなぁとも思う。
                  市子に友情や好意、以上の思いをよせる基子がどんな気持ちで彼女を陥れ
                  どんな気持ちで憧れの彼女と同じ介護の仕事についたのか。
                  誘拐事件を起こした市子の甥っ子がどんな動機で事件を起こし、
                  母を亡くしたあとどんな気持ちで市子と暮らし始めたのか。
                  何もかもが謎で理解しがたいのに
                  カメラが映し出しふとした彼らの表情にいろんな思いをくみとってしまう。
                  もちろんそれは全部、スクリーンのこちらからの想像。
                  市子の夢とも妄想ともしれぬシーンも含めて
                  人の心の中の迷路をたどったような気分で映画を観終えた。

                  舞台ファン、かつての第三舞台ファンにとっては、
                  最近の筒井さんの活躍は嬉しいかぎり。
                  「淵に立つ」の時よりもさらに美しく、さらに深く「女」。



                  | 立石 義江 | 映画観る日々 | 01:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  「COLD WAR あの歌 ふたつの心」
                  0
                    2019年7月26日 KBCシネマ 監督:パベウ・パブリコフスキ

                    「一緒にいたいだけ」
                    ポスターに書かれたコピーは
                    ただ一緒にいたいだけでは一緒にいられなかった時代だからこそ。
                    1950年代、冷戦下のポーランドで出会った歌手とピアニスト。
                    引き裂かれ、再会し、また別れを繰り返す十数年に渡る愛。
                    もしくはくされ縁。

                    時代に引き裂かれた悲恋。
                    には違いないが、その時代背景はほとんど説明されない。
                    時代を映すのはいつも音楽。
                    出会いはポーランドの音楽舞踏団。
                    亡命した男が暮らすパリのナイトクラブに響くジャズ。
                    アメリカンポップスからラテンまで。
                    モノクロのソリッドな画面は
                    時の流れとともに疲弊していく男と
                    妖艶さと意志の強さを増す女の瞳を映す。
                    数年ごとに別れと抱擁をくりかえす二人の姿は
                    いつもぷつりと暗転の闇に消える。
                    「一緒にいたい」というシンプルな願いが
                    年齢を重ねるほどに情熱的、衝動的になって迎えるラスト。
                    若い時の情熱とは違う熱。
                    年齢をとって少しわかるような気がするんだな。
                    残された時間を、確かに選び取っていきたい。

                    | 立石 義江 | 映画観る日々 | 12:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    「ホット・ギミック ガール・ミーツ・ボーイ」
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                      2019年7月5日 ユナイテッドシネマももち 監督:山戸結希

                      なんだ、こりゃ?
                      登場人物みんな病んでるというか歪んでるというか
                      誰にも感情移入できない。
                      これ、単なるジェネレーションギャップじゃないよね。
                      今の中高生がみんなこんな風だったら怖いよね。
                      そのくせ、面白くなかったわけじゃなくって
                      振り回される展開や、思わぬ映像、
                      まるで別人のように役者の顔が違って見える瞬間に
                      目をひかれ、目をはなせない。
                      なんだかわからんけどやられた、と思ったけど
                      これ、「溺れるナイフ」と同じ監督なんだ。
                      印象的な絵づくりや揺れる感情をそのまま映したような映像、
                      何より、菅田君と小松菜々をむちゃくちゃ魅力的に撮った映画。
                      自分的に、この映画から目が離せなかった理由には納得がいったけど
                      やっぱりわからない。
                      「勝手にふるえてろ」とか「愛がなんだ」とかも
                      かなり歪んでイタい恋愛だったけど、
                      その時はイタいけど愛しいよなーと思ってた。
                      もうわからなさの具合がわからない。
                      若い子の感想が聞きたい気もするけど
                      聞いてもやっぱりわからないんだろうなー。


                      | 立石 義江 | 映画観る日々 | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |